台湾における内部通報制度:上場企業等に求められる体制整備

台湾における内部通報制度:上場企業等に求められる体制整備

グローバル経済の進展とともに、企業のコンプライアンス体制は法令遵守の枠を超え、企業価値そのものを左右する経営課題となっています。企業の自浄作用を担保する内部通報制度の整備は、不正の早期発見と是正において不可欠なメカニズムとして、世界各国で法制化が進んでいます。台湾でも、コーポレートガバナンスの強化と国際的な反腐敗基準への適合を目指し、長年の議論を経て、民国114年(西暦2025年)1月、公益揭弊者保護法(公益通報者保護法)が公布され、同年7月より施行されました。新法は、従来の労働関連法規に散在していた保護規定を統合し、強力なインセンティブと保護策を導入するものです。

本記事では、台湾における最新の内部通報者保護法制の整備状況、上場企業に課される体制整備義務、そして企業の守秘義務と通報者の免責に関する法的論点について、日本法との比較を交えながら解説します。

台湾における内部通報者保護法制の転換点

台湾における内部通報制度を取り巻く法環境は、2025年を境に劇的な変化を遂げました。これまで台湾には、内部通報者を包括的に保護する単一の特別法が存在せず、労働基準法や各業界の規制法(金融関連法規等)に部分的な保護規定が散在している状況でした。国際的なコンプライアンス基準の高まりと、国内で発生した企業不祥事を背景に、より強力で統一的な法制度の必要性が叫ばれ続けてきました。その結実として成立したのが公益揭弊者保護法(公益通報者保護法)です。

台湾の立法院は、民国113年(西暦2024年)12月27日、待望されていた公益揭弊者保護法を三讀(第三読会)で可決しました。総統による署名を経て、民国114年(西暦2025年)1月22日に正式に公布され、公布から6ヶ月後の同年7月22日より施行されています。本法は、公共の利益を維持し、重大な不法行為を効果的に発見、防止、追及することを目的としています。

従来、台湾では組織内部の不正を告発した者が、報復として解雇や降格、さらには名誉毀損や秘密漏洩による法的訴追を受けるリスクが高く、組織内における沈黙文化を助長する要因となっていました。新法は、通報者の権利を包括的に保護し、公的部門および私的部門における透明性を抜本的に高める設計となっています。

日本法との比較

日本の公益通報者保護法が平成16年(西暦2004年)に制定され、令和2年(西暦2020年)に改正された経緯と比較すると、台湾の法整備は時期的に後発です。しかし、後発であるがゆえに、諸外国の立法例や運用実態を研究し、報奨金制度の導入や、通報者に対する刑事・民事責任の広範な免責など、日本法以上に強力な是正機能と保護機能を併せ持つ法律として設計されている点が最大の特徴です。

台湾の公益揭弊者保護法の適用範囲と民間企業への影響

台湾の公益揭弊者保護法の適用範囲と民間企業への影響

日本企業が現地の法務リスクを正確に評価する上で、まず理解すべきは本法の適用範囲です。施行初期段階において、本法の直接的な適用対象となる組織は、公部門(政府機関)、国営事業、および政府が実質的に支配する事業・団体・機構に限定されています。具体的には、政府の転投資金額が資本額の20%以上を占める転投資・再転投資事業、または政府が直接・間接的にその人事・財務・業務を支配する事業・団体・機構がこれに該当します。現時点では純粋な民間企業、例えば政府資本が入っていない日本企業の台湾子会社などに対して、公益揭弊者保護法が直接的に義務を課すものではありません。この点において、民間事業者も広く対象としている日本の公益通報者保護法とは異なるアプローチです。

項目詳細
直接適用対象政府機関、国営事業、政府が実質支配する法人(政府出資50%以上等)
対象外(現時点)純粋な民間企業(一般的な日本企業の台湾子会社を含む)
将来的な展望制定過程の議論により、将来的な民間企業への適用拡大が確実視される
法的影響民間企業の訴訟においても、本法が公序良俗や権利濫用の判断基準として参照される可能性が高い

しかし、民間企業は無関係であると解釈するのは極めて危険です。本法の制定過程における議論や与野党の合意事項を鑑みると、将来的には民間企業全般への適用拡大が確実視されているからです。さらに重要なのは、直接の適用対象外である民間企業であっても、本法の制定が裁判所の判断基準に決定的な影響を与える点です。

後述する労働基準法第74条に基づく解雇無効訴訟や、損害賠償請求訴訟において、裁判所が公序良俗や権利濫用を解釈する際、公益揭弊者保護法の理念や基準をベンチマークとして参照する可能性が極めて高いからです。実務上は、民間企業であっても本法の水準に合わせた体制整備を行うことが、コンプライアンスの最適解となります。

揭弊者の定義

新法における揭弊者の定義は極めて広範に設定されています。対象は公務員にとどまらず、適用対象となる機関・企業と契約関係にある労働者、派遣労働者、請負契約に基づく従事者、さらには実習生やボランティアなども含まれると解釈されます。組織内部の事情を知り得る立場にある者を広く保護し、情報の死角をなくそうとする立法意図の表れです。

特筆すべきは、通報者が保護を受けるための要件です。通報内容が真実であると信じるに足りる相当の理由がある場合、その後の調査の結果として不正の事実が確認されなかったとしても、通報者は保護の対象となります。ただし、悪意を持って虚偽の通報を行った場合や、不正な利益を得る目的で通報を行った場合は保護の対象外とされ、逆に処罰の対象となり得ます。

台湾の上場企業等に求められるコンプライアンス体制の整備義務

公益揭弊者保護法の直接適用が一部の法人に限定されている一方で、台湾証券取引所(TWSE)や証券櫃台買賣中心(TPEx、店頭市場)に上場している企業、およびその連結子会社に対しては、別途、極めて厳格な内部統制および通報制度の整備が義務付けられています。台湾に進出している日系企業が現地で上場している場合、あるいは日本の上場企業の連結子会社として現地法人が機能している場合、この規制への対応は必須となります。

台湾の金融監督管理委員会(FSC)および証券取引所は、上場企業に対して上市上櫃公司誠信經營守則(上場・店頭公開企業誠信経営守則)の採択と遵守を求めています。守則は、企業の腐敗防止と倫理的経営を推進するためのガイドラインであり、その中で内部通報制度(検挙制度)の確立が具体的に規定されています。守則に基づき上場企業が整備すべき具体的な要件は以下の通りです。

整備項目具体的要件と実務対応
通報窓口の設置社内および社外の人間が利用できる独立した通報メールボックスやホットラインを設置し、ウェブサイト等で公表すること。取引先や顧客からの通報も受け付ける体制が必要。
独立性の確保通報対応と調査を行う専任の担当者または部署を配置すること。経営陣が関与する疑いがある場合は、独立取締役(社外取締役)や監査委員会への直通ルートを確保する。
プロセスの標準化通報受理から調査、報告、是正措置に至る標準作業手順書(SOP)を策定し、関連記録を保存すること。
守秘義務と保護通報者の匿名性を保持し、通報内容の機密を厳守すること。通報者に対する不利益取扱いを禁止する規定を設けること。

日本の公益通報者保護法指針でも窓口設置が求められていますが、台湾の規定では社外の人間、すなわち取引先や顧客、地域住民などからの通報も受け付ける体制が明示的に求められている点が特徴的です。サプライチェーン全体を通じた監視機能を持たせようとする意図が読み取れます。

また、公開發行公司建立內部控制制度處理準則においても、内部通報制度は内部統制の不可欠な構成要素として位置づけられています。ESG経営の観点から、内部通報制度の運用状況を取締役会へ定期的に報告することや、サステナビリティ報告書での開示事項とすることが強化されています。

現地対応の重要性

日本企業が台湾子会社のガバナンスを設計する際、効率化の観点から日本の親会社の通報窓口を利用させるケースが散見されます。しかし、台湾の現地法規制への適合性や実効性を考慮すると、言語的なバリアの解消や、現地法に精通した調査担当者の配置など、現地で完結できる、あるいは現地と親会社が有機的に連携できる体制の構築が強く推奨されます。

台湾における通報者の保護と免責:日本法との差異

台湾における通報者の保護と免責:日本法との差異

台湾の法制度における通報者保護の法的効果、特に免責と守秘義務の関係について、日本法との比較を理解することは重要です。台湾の公益揭弊者保護法および関連する法解釈において、最も画期的かつ日本法と大きく異なる点は、通報者に対する法的責任の減免規定です。日本の公益通報者保護法では、正当な通報を行ったことを理由とする解雇や不利益取扱いの無効・禁止が定められていますが、通報行為自体が刑法上の犯罪や就業規則違反に該当する場合の免責については、明文の規定が乏しいのが現状です。

一方、台湾の公益揭弊者保護法では、揭弊者(通報者)が揭弊内容にかかる犯罪の正犯または共犯であり、かつ証人保護法上の要件を満たした上で検察官の事前同意を得て捜査・審判中に出廷・証言する場合には、刑の減軽または免除を受けられる規定が明確に盛り込まれています(第13条)。また、通報手続において営業秘密その他法定の守秘義務に服する情報を開示した場合、民事・刑事・行政および職業倫理上の守秘義務違反責任を負わないとする免責規定も設けられています(第12条)。

比較項目日本(公益通報者保護法)台湾(公益揭弊者保護法)
刑事責任の免責明文規定なし(刑法の正当行為として解釈される余地はあるが不確実)明文あり(減刑または免除される規定が存在)
民事責任の免責明文規定なし(損害賠償請求の権利濫用として扱われる傾向)明文あり(公益目的等の要件を満たせば損害賠償責任が免除)
報奨金制度制度なし制度あり(法定下限として不法収益や罰金、没収財物等の合計額の10%以上を支給)

営業秘密との関係

ハイテク産業が集積する台湾において、営業秘密法による企業秘密の保護は極めて強力であり、違反者には厳しい刑事罰が科されます。ここで実務上大きな問題となるのが、内部通報において企業の機密情報を持ち出す行為が、営業秘密侵害罪に問われるかどうかという点です。公益揭弊者保護法第三条では、営業秘密法違反行為自体も通報の対象となる弊案(重大な不法行為)の一つとして列挙されています。営業秘密に関わる不正を通報するために、必要最小限の範囲で営業秘密を開示する行為については、違法性が阻却されるという解釈が成立する余地が広がることを意味します。

報奨金制度の影響

日本法には存在しない台湾制度の際立った特徴として報奨金が挙げられます。通報によって政府が没収した不法収益や科した罰金の一定割合を通報者に対して報奨金として支給する制度です。本制度は、内部通報に対する極めて強力な金銭的インセンティブとして機能します。日本企業は、この制度がもたらす行動変容を理解する必要があります。すなわち、台湾現地法人の従業員が、社内での解決に見切りをつけ、直接当局へ通報し、報奨金を得ようとする動機づけが働く可能性があるということです。

台湾の労働法における通報者保護と解雇規制

新法以外の一般法、特に労働基準法における通報者保護の現状についても理解しておく必要があります。台湾の労働基準法第74条第1項は、労働者が事業単位の本法およびその他の労働法令に違反する事実を発見した場合、雇用主、主管機関または検査機構に申告できると定めており、第2項では、雇用主に対し、当該申告を理由とする解雇・降職・減給・法令上の権益侵害その他の不利益な処分を禁止しています。事業主が報復的な解雇を行った場合、その解雇は法律上無効となります。

使用者が表向きは業務命令違反や能力不足などの理由をつけて解雇したとしても、その真の動機が内部通報への報復にあると認定されれば、解雇は無効となります。台湾の裁判所は事実認定において労働者側に有利な心証を形成する傾向があり、企業側には解雇の正当性を証明する重い立証責任が課されます。

まとめ

本記事で解説した通り、台湾における内部通報制度は、2025年の公益揭弊者保護法施行を契機として新たなフェーズに突入しました。公的部門から始まった改革の波は、上場企業規制や司法判断を通じて民間部門にも確実に波及しており、台湾で事業を行う企業にとって、実効性のある内部通報制度の整備は必須の経営課題となっています。

特に、強力な法的保護とインセンティブ、上場企業への厳格な義務付け、そして不利益取扱いの厳禁と司法リスクという三つのポイントは、日本企業が現地法人のガバナンスを設計する上で避けて通れない要素です。こうした環境下において、日本企業が台湾現地法人のガバナンスを強化するためには、日本法との違いを正確に理解し、現地の文脈に即した制度設計を行うことが不可欠です。しかし、言語の壁や法制度の微細なニュアンスの違いにより、自社のみでの対応には限界があるのも事実です。

モノリス法律事務所は、IT・クロスボーダー法務に特化した専門性を活かし、台湾の提携事務所である椽智商務科技法律事務所と緊密に連携することで、貴社の台湾ビジネスを法務面から強力にサポートいたします。本レポートで解説した内部通報制度の構築支援から、現地での法人登記、ビザ取得、訴訟対応に至るまで、台湾での事業活動に伴うあらゆる法的課題に対し、日台の弁護士がワンチームとなって最適なソリューションを提供します。

監修

河瀬 季

Toki Kawase

IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。

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