公共工事への参入:台湾政府調達法と外国企業の入札資格
台湾ではエネルギー転換政策や前瞻基礎建設などの大規模インフラ整備計画が進行中です。公共工事市場は活況を呈しています。世界貿易機関(WTO)の政府調達協定(GPA)加盟国である台湾は、日本企業にとって魅力的な市場といえます。多くの日本企業が高い技術力と実績を武器に参入を検討しています。ただし、台湾の政府調達制度は日本と大きく異なります。特に「政府調達法」は独自の法的性格と厳格な運用実務を持ちます。入札保証金(押標金)の没収規定、外国企業の資格認定プロセス、公文書の認証手続きなど、日本法とは異なる「行政処分」としての側面が強いのです。予期せぬ法的リスクに直面するケースも少なくありません。
多くの日本企業が、言葉の壁以上に法制度の構造的な違いによる落とし穴に直面しています。本記事では、台湾政府調達法の枠組み、日本企業に開かれた参入機会、実務上最も注意すべき入札保証金の没収リスクと対策について解説します。
目次
台湾のWTO政府調達市場と外国企業への開放性
台湾は2009年にWTOの政府調達協定(GPA)に正式加盟しました。台湾の政府調達市場は、日本を含む他のGPA加盟国のサプライヤーに対して、相互主義の原則に基づき開放されています。日本企業にとって重要なのは、台湾の政府機関や公営企業が発注する案件のうち、一定の基準額(閾値)を超えるものは国際入札として公告され、外国企業の参入が認められる点です。基準額は特別引出権(SDR)に基づいて設定され、定期的に台湾元に換算されて公告されます。
台湾におけるWTO GPA適用基準額(2025年-2026年版 概算値)
| 発注機関の区分 | 物品 | サービス | 建設工事 |
| 中央政府機関 | 130,000 SDR(約545万NTD) | 130,000 SDR(約545万NTD) | 5,000,000 SDR(約2億974万NTD) |
| 地方政府機関 | 200,000 SDR(約838万NTD) | 200,000 SDR(約838万NTD) | 5,000,000 SDR(約2億974万NTD) |
| その他の機関 | 400,000 SDR(約1,677万NTD) | 400,000 SDR(約1,677万NTD) | 5,000,000 SDR(約2億974万NTD) |
建設工事は約2億974万NTDが閾値となっており、日本の中堅・大手ゼネコンがターゲットとする大規模インフラ案件の多くが対象に含まれます。台湾政府調達法第17条は外国企業に対する公平な待遇を規定しています。GPA適用案件であれば、日本企業を「外国企業であること」のみを理由に排除することは違法です。
ただし実務上は「台湾国内での同種工事の実績」や「現地でのメンテナンス体制」が入札要件として課されることがあります。これが事実上の参入障壁となるケースも存在します。日本企業はGPAの「内国民待遇」の原則に基づき、不当な制限に対して異議を申し立てることが可能です。
台湾政府調達法と日本法の決定的な違い

日本の公共工事入札制度と台湾の政府調達法は、競争性・透明性を重視する点では共通しています。しかし法的性質において決定的な違いがあります。この違いを理解しないまま日本と同じ感覚で参入することは極めて高いリスクを伴います。日本の公共調達では、入札保証金の没収や指名停止措置は基本的に契約上の債務不履行や行政指導の範疇で議論されます。対等な当事者間の合意に基づく損害賠償の予約という色彩が強い傾向にあります。一方、台湾の政府調達手続きは「二階理論(Two-Stage Theory)」と呼ばれる法的構成が取られています。
第一段階の「入札から落札決定まで」では、発注機関の行為(入札資格の審査、落札者の決定、入札保証金の没収など)は公法上の行為、つまり行政処分とみなされます。第二段階の「契約締結後の履行」に関する紛争は、原則として私法上の行為(民事契約)として扱われます。この区分はトラブル発生時の救済手段に直結します。入札段階で不当に入札資格を剥奪された場合や入札保証金を没収された場合、日本企業は民事訴訟ではなく、まず行政不服審査法に相当する「異議」および「申訴」の手続きを踏む必要があります。最終的には行政訴訟を提起することになります。
一方、工事開始後の代金不払いなどは民事訴訟の対象です。日本企業がこの違いを認識せず、入札トラブルに対して民事的な交渉を行おうとして、行政救済の出訴期間を徒過してしまうケースがあります。
台湾の入札保証金制度:最大のリスクポイント
台湾の政府調達で日本企業が最も注意を払うべき実務の一つが入札保証金(押標金)の取り扱いです。日本の入札でも入札保証金は存在しますが、免除されるケースが多く、実際に没収される事例は稀です。しかし台湾では原則として納付が必須であり、些細なミスや疑義によって全額没収される事例もあります。
台湾政府調達法第30条に基づき、発注機関は原則として入札者に入札保証金の納付を求めなければなりません(ただし役務調達は不徴収が原則であり、随意契約方式・公告金額未満の工事・物品調達等は免除できます)。金額の上限は通常入札予定金額の5%以内で、主管機関が定める規程により設定されます。。納付形態としては現金のほか、金融機関の小切手、銀行保証状、取消不能信用状などが認められています。日本企業の場合、台湾に支店がないときは日本の銀行が発行した保証状を台湾の銀行が裏書きする等の手続きが必要です。入札締切に間に合うよう早めの準備が不可欠となります。
最も恐るべきは同法第31条第2項に規定された「入札保証金を返還しない(没収する)」事由です。偽造・変造された文書の使用、他人の名義または証書の借用(借牌)、入札の撤回、契約拒否などが該当します。特に問題となるのが第8号「その他、調達の公正に影響を与える法令違反行為」です。これはバスケット条項として機能しており、主管機関が事前に認定・公告した類型(例:異なる入札者間の書類に重大な異常な関連がある場合等)に該当する行為について没収が認められます。
日本の感覚では「実損害が出ていないのであれば、保証金の没収は違約金として過大ではないか」と考えがちです。しかし台湾の裁判所はこれを厳しく判断しています。最高行政法院の判決(110年(西暦2021年)度上字第451号など)においても、入札保証金が単なる損害賠償の担保にとどまらず、入札手続きの公正性を担保するための制裁的性質を有することが示されています。入札者が不正行為を行った場合、たとえ発注機関に金銭的な損害が発生していなくても、調達の公正を害したこと自体を理由に入札保証金は全額没収されるのです。
台湾での名義貸しリスク:日本企業が陥りやすい落とし穴

台湾では建設業法等の規制により、等級に応じた請負金額制限があります。日本企業が単独で入札資格を満たさない場合、現地の建設会社とJV(共同企業体)を組むことが一般的です。しかし実質的な施工実態を伴わないJV組成や、資格要件を満たすためだけに現地企業の名義を利用する行為は第31条第2項第2号の「名義借用(借牌)」と認定されるリスクがあります。
これが認定されると、入札保証金の全額没収に加え、政府調達法第101条第1項第2号・第103条第1項第1号に基づき原則として3年間、台湾全土のあらゆる政府調達(工事・物品・役務)から締め出される入札参加資格停止処分(政府採購公報への刊登)を受けます。さらには詐欺罪や政府調達法違反としての刑事責任を問われる可能性があります。
台湾での外国企業の入札資格と認証手続きの壁
日本企業が入札参加資格審査を受ける際、日本国内での施工実績を証明する書類の提出を求められます。ここで重要になるのが「認証」です。台湾政府は日本の官公庁や民間企業が発行した実績証明書をそのままでは受け付けません。日本と台湾は国交がないため、ハーグ条約に基づくアポスティーユ認証は利用できません。
代わりに、日本国内での公証役場での認証に加え、台北駐日経済文化代表処(TECO)による認証を受ける必要があります。原則として中国語への翻訳文を添付し、その翻訳についても認証が求められる場合があります。この手続きには通常数週間を要します。入札公告が出てから準備を始めたのでは間に合わないリスクがあります。
台湾政府は「国際化メーカー(国際化廠商)」という認定制度を設けています。台湾企業が海外の政府調達で実績を上げた場合、またはそれに準ずる優秀な企業に対して、入札保証金等の減額措置を提供しています。日本企業が台湾現地法人を設立し、その現地法人がGPA基準額以上の案件を受注した場合、この制度の適用を受け資金負担を軽減できる可能性があります。
まとめ
台湾の公共工事市場はWTO GPAに基づき日本企業に広く門戸が開かれています。しかし参入障壁は言語や商習慣だけでなく、政府調達法という強力な行政法規にあります。特に入札保証金の没収規定は、日本の違約金とは異なり、行政制裁としての性質を強く持っています。軽微な手続き違反やパートナー企業のコンプライアンス不備が、巨額の損失と市場からの退場を招く可能性があります。入札保証金没収リスクの認識、行政処分手続きへの対応、実績証明書のTECO認証などの事前準備、現地JVパートナーの厳格なデューデリジェンスが不可欠です。
モノリス法律事務所は、椽智商務科技法律事務所と連携しており、台湾国内での法人登記・ビザ取得・許認可・訴訟等、現地での稼働が必要な全ての業務について対応することができます。台湾特有の法的リスクを熟知し、入札前の資格審査書類の作成、JV契約のリーガルチェック、万が一の入札保証金没収トラブルに対する行政争訟のサポートまで一貫して支援する体制を整えています。台湾の公共工事という巨大市場への挑戦を、法務の側面から盤石なものにするため、専門家の知見をご活用ください。
河瀬 季
Toki Kawase
IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。
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