台湾有事BCPとリーガルリスク:日台法務の未来予想図

台湾有事BCPとリーガルリスク:日台法務の未来予想図

世界情勢が急速に流動化する中、台湾海峡を取り巻く地政学的リスクは、もはや外交上の懸念事項にとどまりません。企業経営における喫緊の課題として認識される時代を迎えました。多くの日本企業にとって、台湾は半導体をはじめとするサプライチェーンの要衝です。アジア展開の重要なハブ機能を担っています。しかし台湾有事が現実味を帯びて語られる一方で、そのリスクを法的な観点から具体的に分解し、実効性のあるBCP(事業継続計画)に落とし込んでいる企業は決して多くありません。

有事とは、必ずしも物理的な武力衝突のみを指すものではありません。サイバー攻撃による重要インフラの機能停止、海上封鎖による物流の寸断、通信遮断といったグレーゾーン事態も、企業活動に致命的な打撃を与えうる広義の有事に含まれます。こうした不測の事態において、現地の契約はどのような効力を持つのか。従業員の安全と雇用を法的にどう守るのか。取締役会などの意思決定機関をいかに維持するのか。これらはすべて、台湾固有の法令と日本法との抵触関係を深く理解していなければ解を導き出せない問いです。

本記事では、台湾の民法、会社法、労働基準法、そして有事法制である全民防衛動員準備法などの具体的な条文に基づき、企業が備えるべき法的レジリエンス(強靭性)のあり方を網羅的に解説します。

目次

台湾における地政学リスクの現実と法的BCPの再定義

ビジネスリスクとしての台湾有事の構造

台湾海峡の緊張が高まるにつれ、多くの企業がリスク管理の重要性を再認識しています。その具体的な備えは物理的な退避計画や在庫の積み増しといったオペレーションレベルに留まることが多いのが実情です。帝国データバンクの調査によれば、台湾に進出している日本企業は約3,000社に上ります。その多くが戦争・テロを具体的な事業リスクとして認識し対策を講じている割合は、依然として低い水準にあります。現代の紛争形態はハイブリッド戦が主流です。物理的な破壊活動に先立って、あるいは並行して、法的な規制やサイバー空間での攻撃が行われる可能性が高いことから、法的・経済的な断絶リスクへの備えが不可欠です。

海上封鎖によって原材料の輸入や製品の輸出が滞り、納期遅延が発生するケースを想定してみましょう。単なる物流の問題にとどまらず、取引先からの損害賠償請求リスクが直ちに発生します。海底ケーブルの切断やサイバー攻撃により、台湾現地法人との通信が途絶え、日本親会社からの送金指示や決裁ができなくなる事態も想定されます。台湾の有事法制に基づき、現地従業員や企業の資産が徴用され、業務が停止するリスクも現実的なシナリオとして考慮しなければなりません。これらのリスクに対処するためには、物理的なBCPだけでなく、契約の効力維持や免責条項の適用、会社の意思決定プロセスの確保といった法的BCPの策定が急務となります。

平時の契約管理と有事のトリガー

法的BCPの本質は、有事が発生してから泥縄式に対応するのではなく、平時の契約や社内規定の中に、有事に対処するためのトリガーをあらかじめ埋め込んでおくことにあります。有事が発生し通信が不安定になった状況下で契約書を見直しても、相手方と交渉する余地はほとんど残されていません。台湾の裁判所が機能停止した場合に備え、どこの国の法律で、どこの機関で紛争を解決するかをあらかじめ合意しておくことも重要です。

日本法を準拠法とし、東京での仲裁を合意管轄としておくことで、台湾現地の司法機能が麻痺した場合でも、紛争解決の手続きを進めることが可能になります。本記事では、これら多岐にわたる論点を、企業統治(ガバナンス)、契約(フォースマジュール)、労働(人事)、データ保護(セキュリティ)の4つの柱に分けて詳述します。それぞれの分野において、台湾法特有の規定や解釈指針が存在し、日本法とは異なる対応が求められる場面も少なくありません。

台湾は近年、デジタル化を急速に進めており、会社法や電子署名法などの改正によって、有事におけるデジタルツールの活用が法的に裏付けられつつあります。こうした最新の法改正の動向を踏まえ、実務に即した具体的な対策を提示していきます。

台湾における緊急時のコーポレート・ガバナンスと意思決定の確保

台湾における緊急時のコーポレート・ガバナンスと意思決定の確保

台湾会社法におけるデジタル技術の活用と意思決定

有事において企業が直面する最大の危機の一つは、現地の指揮系統が混乱し、法人としての意思決定機能が不全に陥ることです。取締役会が開催できず、緊急の資金調達や契約締結の決議ができない事態は、企業の存続そのものを危うくします。台湾の会社法(公司法)は、近年のパンデミックやデジタル化の流れを受け、緊急時における柔軟な会議開催を認める重要な改正を行ってきました。物理的な移動が困難な状況下でも、法的に有効な意思決定を行うための道が開かれています。

取締役会のビデオ会議の常態化

台湾会社法第205条は、取締役会の開催方法について定めています。IT技術の進展に伴い、ビデオ会議システムを用いた出席が広く認められるようになりました。第205条第2項では、取締役会の開催は視覚通信会議(ビデオ会議)によって行うことができ、その場合、ビデオ会議に参加した取締役は親自出席したものとみなすと明記されています。定款に特別の定めがない場合であっても、法律上当然に認められる権利であると解釈されています。

日本法においても、会社法施行規則などによりウェブ会議システムを用いた取締役会は認められています。しかし台湾法はこの点を法律の条文レベルで明確に親自出席(本人が直接出席)とみなすと規定している点で、より強力な法的根拠を有していると言えます。経済部の解釈(経済部民国92年9月15日商字第09202189710号函釈)によれば、視覚通信会議とは、画面を通じて互いに顔を見ながら対話できる状態を指します。単なる音声通話やチャットのみでは親自出席とは認められない可能性があります。

有事において通信帯域が制限される状況下でも、映像を伝送できる通信手段を確保しておくことがBCP上の重要な課題となります。衛星通信システムの導入や、低帯域でも動作するビデオ会議ツールの選定などを平時から検討しておく必要があります。通信が完全に途絶した場合に備え、定款に書面決議の条項(会社法第205条第5項)を入れておくことも有効な対策です。取締役全員の同意が得られれば、実際に会議を開催することなく、書面上のやり取りだけで決議を行うことが可能になります。

株主総会のハイブリッド開催と完全バーチャル化の特例

2021年(民国110年)およびその後の改正により、株主総会のデジタル化も大きく進展しました。会社法第172条の2は、非公開発行会社の株主総会の開催方法について規定しており、定款に明記すれば、視覚通信ネットワークを用いて株主総会を開催できるとしています。緊急時における特例措置も重要です。同条の規定に基づき、天災、事変、またはその他の不可抗力が発生した場合、中央所管官庁(経済部)の公告により、定款に記載がなくても一定期間内はビデオ会議等の方法で株主総会を開催できるとされています。

この規定は、台湾有事や大規模災害で物理的な集会が不可能になった場合でも、企業の最高意思決定機関である株主総会を機能させるための強力なセーフティネットとして機能します。パンデミック時や地政学的緊張が高まった際、経済部がこの条項を発動することで、企業は直ちにバーチャル株主総会へ移行することが可能となります。

日本企業の子会社においては、平時から定款にビデオ会議による株主総会を許容する条項を入れておくことが推奨されます。万が一その手当てがなされていない場合でも、この法的救済措置が存在することを認識しておくことは重要です。完全バーチャル総会を開催する場合、株主の質問権や動議提出権をどのように保障するかという実務上の課題が残るため、使用するプラットフォームの選定や運営ルールの策定を事前に行っておくことが望まれます。

取締役の善管注意義務と有事における経営判断

有事において、現地法人の取締役(日本からの駐在員や現地採用の役員)は、極めて困難かつ迅速な判断を迫られます。従業員を避難させるべきか、業務を継続すべきか。資産を放棄して撤退すべきか、それとも保全措置を講じるべきか。これらの判断は、事後的に会社に損害を与えたとして、株主代表訴訟の対象となるリスクを孕んでいます。台湾会社法第23条第1項は、取締役の忠実義務と善管注意義務を定めており、会社の責任者は忠実に業務を行い、善良な管理者の注意をもって義務を履行しなければならないとしています。これに違反し会社に損害を生じさせた場合は、損害賠償責任を負います。

台湾の裁判実務においても、米国の経営判断の原則(Business Judgment Rule)に類似した理屈が採用される傾向にあります。決定の過程において十分な情報を収集し、利益相反がなく、誠実に会社の最善の利益を考えて判断したのであれば、結果として会社に損害が生じても、その判断自体が著しく不合理でない限り、法的責任を問われないという原則です。

有事においては情報が錯綜し、完全な情報を得ることが不可能に近い状況となります。可能な限り取締役会の議事録を残し、なぜその判断をしたのか(従業員の生命安全を最優先した、資産保全のために緊急措置をとった等)という意思決定のプロセスを記録化しておくことが、将来的な法的責任からの防衛線となります。日本親会社からの指示と現地の状況が食い違う場合、現地取締役は現地の法律(従業員の安全配慮義務等)を遵守する義務があるため、その葛藤と判断の理由を明確にしておくことが重要です。

台湾における契約の効力と不可抗力(フォースマジュール)の実務

台湾民法における不可抗力の厳格な解釈

台湾有事BCPにおいて、最も核心的かつ複雑な法的論点は、取引先との契約関係における不可抗力(Force Majeure)の適用です。契約の不履行が発生した際、それが不可抗力によるものであると認められれば、損害賠償責任を免れることができます。台湾の裁判所が不可抗力を認定するハードルは一般的に高いとされています。台湾民法には不可抗力という用語の定義そのものを定めた条文はありませんが、第225条(給付不能)や第230条(受領遅滞)などの運用において、この概念は極めて重要です。民法第225条第1項は、事変その他の債務者の責めに帰すべからざる事由により、給付が不能となったときは、債務者は給付義務を免れると規定しています。

台湾の裁判所は、不可抗力について非常に厳格な定義を採用しています。司法実務の確立した見解によれば、不可抗力とは「人力をもって抗拒できない事由であり、何人が最も厳密な注意を払っても避けられないもの」を指すとされており(最高法院96年度台上字第2763号判決等参照)、落雷・洪水・台風などの天災や戦争がその典型例として挙げられています。この定義に基づけば、具体的には外部性と不可避性という二つの要素が必須となります。外部性とは、債務者の内部事情(経営悪化、労働争議、設備の故障など)ではなく、外部からの圧倒的な力によって引き起こされたものであることを指します。不可避性とは、当該事象の発生を予見できたとしても、適切な予防措置を講じてもなお避けることができないことを指します。

単なる地政学的緊張による原材料費の高騰や一部航路の変更に伴う遅延程度では、直ちに不可抗力とは認められない可能性が高いと言えます。戦争、武力封鎖、あるいは政府による輸出入の完全停止といった、物理的かつ客観的に履行が不可能になったレベルで初めて、免責が認められる傾向にあります。日本企業としては、契約書における不可抗力条項を漫然と天災地変とするのではなく、戦争、内乱、テロリズム、海上封鎖、禁輸措置、政府による徴用といった具体的な事象を列挙し、定義を明確にしておくことが不可欠です。

事情変更の原則と法的救済

完全に履行が不可能ではないものの、当初の条件で履行を強いることが著しく公平を欠く場合、台湾民法第227条の2に規定された事情変更の原則が適用される可能性があります。日本の民法には明文の規定がなく(信義誠実の原則等で処理される)、平成29年(2017年)成立・2020年施行の民法改正で議論されたものの明文化は見送られた概念ですが、台湾法では明確に条文化されています。

適用要件内容
事情変更の発生契約成立後に、客観的な事情の変更が生じたこと
予見不可能性その変更が、当事者が契約締結時に予見できなかったものであること
非帰責性事情変更が、当事者の事由(過失など)に起因するものではないこと
顕著な不公平元の契約どおりの履行を強いることが、顕著に公平を失すること

この原則が適用された場合、裁判所は契約価格の増額や減額、あるいは契約の解除を命じることができます。有事によるインフレや輸送コストの急騰により、契約の履行が経済的に破綻するようなケースにおいて、企業を救済する強力な法的根拠となり得ます。

事情変更の原則に関する重要判例と除斥期間

事情変更の原則に基づく権利行使については、法律上の明文規定はないものの、最高法院104年度台上字第1911号判決等は、承攬契約(日本法の請負契約に相当)に関し契約の性質を参考に2年の除斥期間を類推適用すべきとする解釈を示しています。また、最高法院106年度台上字第4号判決によれば、除斥期間の起算点は当該形成権が完全に成立した時点とされており、個別事案によって認定が異なります。

有事の混乱の中では、日々の対応に追われ、法的な権利主張が後回しになりがちです。漫然と供給を続けたり、支払いを継続したりすると、事後的に事情変更を主張してコスト増分を回収することが困難になるリスクがあります。コスト構造に重大な影響を与える事象が発生した段階で、速やかに相手方に対して事情変更の通知を行い、交渉の記録を残し、必要であれば裁判所への申し立て(調停含む)を行うという迅速なアクションが求められます。

日本企業への実践的アドバイス:契約条項の再構築

台湾有事リスクに備えるためには、既存の契約書における条項の総点検が急務です。以下の表は、特に見直しが推奨される契約条項とそのポイントをまとめたものです。

条項カテゴリ確認・修正のポイント
戦争の定義単なる戦争だけでなく、宣戦布告の有無を問わない武力紛争や戦争に準ずる事態を含め、適用範囲を広げる
封鎖・禁輸大規模な上陸侵攻だけでなく、海上封鎖による物流途絶を想定し、海上封鎖や港湾の閉鎖を不可抗力事由として明記する
政府の行為日本政府、台湾政府、第三国政府による輸出入規制、資産凍結、動員命令などが原因となった場合の免責を確保する
準拠法と管轄台湾法の事情変更原則を利用するか、あるいは台湾司法の機能停止に備えて第三国(シンガポール等)や日本を管轄とするか、戦略的に選択する

台湾における労務管理と人的リソースの保護:有事の雇用関係

台湾における労務管理と人的リソースの保護:有事の雇用関係

天然災害時の出勤管理と安全配慮義務

有事において最も優先されるべきは従業員の生命と安全ですが、企業活動を継続する上では、従業員の出勤義務や給与支払いに関する法的整理が不可欠です。台湾には、台風や地震などの自然災害時に、自治体の首長が停班停課(仕事と学校の休み)を発令する独自の制度があります。厳密には法的強制力を持つ命令ではありませんが、実務上は極めて強い拘束力を持ち、多くの企業や学校がこれに従います。

労働部は、こうした状況に対応するため、天然災害発生事業単位労工出勤管理及工資給付要点を定めています。このガイドラインの主要なポイントは以下の通りです。

項目ガイドラインの内容
出勤不能時の扱い天災により労働者が通勤できない場合、雇用主はこれを遅刻や欠勤として扱ってはならず、不利益な処分をしてはならない
賃金の支払い労働者が出勤しなかった場合、雇用主にはその時間の賃金を支払う法的義務はない(ノーワーク・ノーペイ)。ただし、支払うことが推奨されている
出勤時の措置リスクを冒して出勤させた場合、雇用主は交通手段の提供や手当の支給などを行うべきとされる

有事(戦争やテロ、大規模サイバー攻撃による交通麻痺)においても、この要綱の考え方が類推適用される可能性が高いと考えられます。空襲警報が発令されている最中や、戦闘地域に近い場所に従業員を出勤させることは、労働安全衛生法(職業安全衛生法)上の安全配慮義務違反となります。

万が一従業員が死傷した場合、企業は多額の損害賠償責任を負うことになります。BCPにおいては、どのレベルの警報・事態で出勤を停止するかという明確な基準を設け、それを就業規則や緊急時対応マニュアルに明記しておくことが重要です。

全民防衛動員準備法と企業の法的義務

台湾有事を語る上で避けて通れないのが、全民防衛動員準備法(全動法)の存在です。この法律は、戦時や事変に備え、国家のリソース(人的・物的)を効率的に動員するための準備を平時から行うことを目的としています。この法律が発動された場合、民間企業は国家の動員体制に組み込まれることとなり、通常のビジネスルールが適用されなくなる可能性があります。

人的動員について、全動法に基づき、有事の際には総統が緊急命令を発し、動員が開始されます。予備役の招集が行われますが、対象となる従業員(主に台湾籍の男性)は、企業の業務よりも軍務を優先する義務を負います。企業は、従業員が招集令状を受け取った場合、その出頭を妨げてはなりません。重要な点として、法律上、招集期間中も雇用関係は維持されるため、兵役に就いていることを理由に解雇することはできません。

日本企業としては、キーマンとなる従業員が予備役に含まれているかどうかを把握し、彼らが動員された場合の代替要員の確保や業務引継ぎの計画を立てておく必要があります。物的動員(徴購・徴用)について、全動法および関連法規に基づき、政府は企業の資産を徴用(一時使用)または徴購(買い上げ)することができます。対象となるのは、工場、倉庫、車両、燃料、医薬品、通信設備など多岐にわたります。

日本企業が保有する配送トラックや物流倉庫が、軍事作戦のために徴用されるリスクは十分に想定されます。事後に国家からの補償を請求する権利が認められていますが、有事の混乱の中で補償手続きがスムーズに行われる保証はありません。BCPの観点からは、資産を分散させることや、重要資産をリスト化し代替手段を確保しておくこと、さらに徴用された際の記録を確実に残すためのプロセスを定めておくことが求められます。

台湾におけるデータセキュリティとサイバーレジリエンス:デジタル資産の防衛

資通安全管理法と重要インフラ防衛

現代の有事は、物理的な攻撃の前に、あるいは同時に、サイバー空間での攻撃が行われることが常態化しています。台湾の重要インフラに対するサイバー攻撃は日常的に発生しており、有事にはその規模と強度が爆発的に増大すると予想されます。2019年(民国108年)に施行された資通安全管理法(サイバーセキュリティ管理法)は、政府機関だけでなく、特定の非公務機関(重要インフラ事業者など)に対しても、高度なセキュリティ対策を義務付けています。

法律の対象となるのは、エネルギー、水利、通信、金融、交通、ハイテクパーク、医療などの重要インフラ分野です。これらの分野に進出している日本企業やITベンダーには、主に三つの義務が課されます。第一に、サイバーセキュリティ維持計画を作成し実施すること。第二に、サイバー攻撃やセキュリティインシデントを検知した場合、速やかに所管官庁へ報告すること。第三に、定期的なセキュリティ監査の実施や攻防演習へ参加することです。

重要データのバックアップ体制と、災害復旧計画(DRP)の策定は必須事項です。有事においては、ランサムウェアによるデータの暗号化や、DDoS攻撃によるサービス停止が予想されるため、オフラインバックアップの確保や、冗長化された通信経路の確立が求められます。

個人情報保護法とデータの越境移転の制限

BCPの観点から、有事の際に台湾にあるデータを日本のサーバーや第三国のクラウドに退避(移転)させることを検討する企業は多いでしょう。これには個人資料保護法(個資法)の規制が大きく関わってきます。個資法第21条は、個人データの国際伝輸(越境移転)に関する制限規定を設けています。同条は、中央目的事業所管官庁が、国の重大な利益に関わる場合や、国際条約に規定がある場合、あるいは移転先の法制が不十分な場合などに、データの国際伝輸を制限できると定めています。

平時において、日本へのデータ移転は原則として自由に行われています。有事において当局が国の重大な利益を理由に、緊急的にデータ持ち出しを制限する命令を発出するリスク(データ・ローカライゼーション)は否定できません。半導体設計図などの技術データや、国民の医療情報などのセンシティブデータについては、国家安全法による国家核心関鍵技術として、より厳しい流出防止措置が取られる可能性があります。

デカップリングとミラーリングによるBCP

法的リスクと技術的要請を両立させるためには、いくつかの具体的な対策が推奨されます。有事が発生してからデータを移送しようとしても手遅れになる可能性が高いため、平時から法令遵守の範囲内で、日本や安全な第三国のサーバーへデータを常時同期(ミラーリング)させておくシステム構築が必要です。

台湾当局が中国本土へのデータ移転に対して極めて警戒を強めていることを踏まえ、台湾拠点のデータを中国のサーバー経由で管理しない、あるいは中国拠点の担当者にアクセス権限を与えないといった明確なデカップリング(切り離し)が必要です。2024年(民国113年)に改正された電子署名法(電子簽章法)を活用し、有事で物理的な押印が不可能になった場合に備え、電子契約システムの導入と、その法的有効性の確認を済ませておくことも重要なBCPの一つです。

台湾における産業別法的BCP戦略:セクターごとの重点課題

台湾における産業別法的BCP戦略:セクターごとの重点課題

製造業・ハイテク産業

製造業において最も重要なのは、サプライチェーンの維持と資産保全です。全動法に基づく徴用リスクに加え、輸出管理規制の強化にも注意が必要です。有事の際には、軍事転用可能な物資や技術の輸出が厳格に制限される可能性があります。

契約書においては、供給義務の免責条項に輸出許可の取消や新たな貿易制限の導入を含めることが重要です。工場が被災した場合の代替生産拠点の確保(日本や東南アジアへの分散)を、法的なライセンス契約や技術移転契約を含めて準備しておく必要があります。

金融・フィンテック産業

金融機関やフィンテック企業にとっては、資金決済の継続性と顧客データの保護が生命線です。資通安全管理法の厳格な適用対象となるため、金融監督管理委員会(金管会)のガイドラインに従った高度なバックアップ体制が求められます。有事における取り付け騒ぎ(バンクラン)や、海外送金の規制(資本規制)に備え、流動性の確保や、代替的な決済手段(暗号資産等の利用可否含む)の法的検討が必要です。

小売・流通・サービス業

店舗を持つ小売業では、従業員の安全確保と店舗の保全が課題となります。略奪や暴動が発生した場合の損害について、保険が適用されるか(戦争免責条項の確認)を精査する必要があります。在庫商品が生活必需品である場合、政府による価格統制や配給制度の対象となる可能性があります。これらに対する協力義務と補償の範囲について、あらかじめ法的整理をしておくことが望まれます。

日本企業のための実践的チェックリスト

本レポートで解説した内容を踏まえ、日本企業が直ちに着手すべき法的BCPのアクションアイテムをまとめます。

カテゴリアクションアイテム関連法規
ガバナンス定款にビデオ会議による取締役会・株主総会を許容する条項があるか確認・改定する会社法 第172の2条, 第205条
ガバナンス有事における決裁権限規定(権限委譲の順位)を策定する会社法 第23条
契約主要な取引契約の不可抗力条項に戦争、封鎖、政府の行為が含まれているか見直す民法 第225条
契約事情変更の原則に基づく価格改定や解除の可能性を契約レビューに組み込む民法 第227の2条
労務従業員の緊急連絡網を整備し、予備役対象者を(法的に許容される範囲で)把握する全民防衛動員準備法
労務緊急時の出勤基準(どの警報で自宅待機とするか)を策定し、就業規則に反映する職業安全衛生法, 天然災害要綱
データ重要データのバックアップを台湾外(日本等)に確保する(法令遵守を前提)資通安全管理法, 個人資料保護法
データ中国へのデータ移転やアクセス権限がないか点検し、あれば遮断・分離する個人資料保護法 第21条

まとめ

台湾有事への備えは、もはや遠い未来の仮定の話ではなく、企業の存続を左右する、経営者の善管注意義務の一部となりつつあります。その対策は、軍事的な知識や政治的な予測だけで完結するものではありません。台湾の会社法が認めるデジタルツールの活用、民法が定める契約の免責法理、そして有事法制が課す企業の義務といった、緻密な法務知識と実務的な準備の積み重ねによってのみ、真のレジリエンスは達成されます。

本記事では、最高法院による不可抗力の厳格な解釈、事情変更の原則という法定の契約修正メカニズム、緊急時におけるバーチャル株主総会の特例措置、全動法に基づく従業員の動員と雇用維持義務、そして個資法や国家安全法によるデータ持ち出しの制限リスクなど、日本法と類似しているようで異なる重要なポイントを解説しました。これらのリスクに対し、モノリス法律事務所は、IT・サイバー法務の専門性を活かし、データのバックアップ体制やデジタル署名の法的有効性、AI・テクノロジーを活用したガバナンス構築に関するアドバイスを提供します。

台湾現地法人の登記、就業規則の改定、契約書レビュー、そして有事における当局との折衝については、提携する椽智商務科技法律事務所が、現地の最新の実務感覚と深いネットワークに基づき、中国語(台湾華語)および英語でのフルサポートを行います。貴社のビジネスを想定外の事態から守るために、日台の架け橋として平時の準備から有事の対応まで、切れ目のない法的支援を約束します。不確実な時代だからこそ、法という確かな基盤の上に、強靭なビジネスを構築していきましょう。

監修

河瀬 季

Toki Kawase

IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。

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