台湾での企業犯罪:背任・横領に対する重罰化と内部統制

台湾での企業犯罪:背任・横領に対する重罰化と内部統制

かつて台湾の企業法制は家族経営的な柔軟性が重視されてきました。しかし近年、グローバルスタンダードへの適合と資本市場の健全化を目的に、劇的な厳罰化が進んでいます。留意すべきは証券取引法(證券交易法)による特別背任罪や横領罪への重罰規定です。台湾では企業規模や被害額によって適用法律が異なります。証券取引法が適用されれば、日本の刑法や会社法とは比較にならないほど重い刑事責任を問われます。

本記事では、台湾でビジネスを展開する日系企業の経営者および法務担当者に向けて、台湾における企業犯罪、特に背任・横領に関する最新の法規制とリスク管理について解説します。経営判断の誤りが犯罪とみなされないための境界線や、内部統制システムの構築義務について、最新の法令と判例に基づき詳述します。

台湾刑法と証券取引法による二段階の処罰構造

台湾における企業犯罪の法的構造を理解する上で最も重要なのは、一般法である刑法と特別法である証券取引法の使い分けです。企業内での横領や背任行為はまず刑法の業務上横領罪や背信罪に該当します。しかし上場企業等で金額が一定を超えると、より刑の重い証券取引法が優先適用されます。

刑法における業務上横領罪(業務侵占罪)は、業務上の地位を利用して自己が保管する他人の物を領得する犯罪です。法定刑は6月以上5年以下の有期懲役です。他人の事務を処理する者が任務に背いて本人に損害を与える背信罪も、5年以下の有期懲役です。これらは日本の刑法と比較しても標準的な刑罰設定と言えます。

しかし証券取引法の適用対象企業(上場企業や公開会社)の役職員が同様の行為を行い、被害額や犯罪利得が一定水準に達すると、適用法律は証券取引法第171条に切り替わります。この条文は資本市場の公正性を守るため極めて厳しい罰則を設けており、企業の経営陣や従業員にとって最大のリスク要因です。

損害額に応じた適用法条と刑罰を以下の表に整理しました。

損害額・利得額適用法条法定刑(懲役)特記事項
500万元未満刑法 第336条(業務上横領)刑法 第342条(背信)5年以下執行猶予が付く可能性が残されている
500万元以上証券取引法 第171条第1項3年以上10年以下法定刑の下限が3年のため、減軽がない限り実刑となる可能性が高い
1億元以上証券取引法 第171条第2項7年以上殺人罪に匹敵する重罪であり、執行猶予は原則として付かない

台湾1億元条項の衝撃と実刑判決の不可避性

台湾1億元条項の衝撃と実刑判決の不可避性

証券取引法第171条第2項、通称1億元条項は台湾のホワイトカラー犯罪で最も恐れられている規定です。犯罪利得が1億台湾元を超えた場合、法定刑の下限が一気に7年以上の有期懲役へ跳ね上がります。日本の刑法や会社法における特別背任罪は10年以下の懲役と上限が定められていますが、下限規定はありません。情状酌量により執行猶予付きの判決が下されるケースも少なくありません。

一方、台湾では7年以上という強力な下限が設定されています。台湾の司法実務では執行猶予は宣告刑2年以下の場合にのみ付与可能です。7年以上の求刑が基本となる本罪では、自首や全額弁済などの特別な減軽事由がない限り収監は免れません。犯罪所得の計算方法についても、台湾の最高法院(最高裁)は厳格な姿勢を示しています。

かつては犯罪にかかったコストの控除について議論がありました。現在の実務では取引手数料や税金といった中立的コストは控除できますが、贈賄資金や犯行のための資金調達コストなど犯罪のために要した支出は控除できません。手元に残った利益が少なくても、計算上の犯罪所得が1億元を超え、重罰が科されるリスクがあります。

台湾と日本の会社法比較:厳罰性の特徴

日系企業が台湾のリスクを理解するため、日本の会社法上の特別背任罪と台湾の証券取引法違反を比較します。組織内の地位を利用して会社に損害を与えるという点では共通しますが、適用範囲と厳格さに決定的な違いがあります。

比較項目日本:会社法第960条(特別背任罪)台湾:証券取引法第171条(特別背信)
処罰対象発起人、取締役、執行役などに限定取締役、監査役だけでなく、経理人(支配人)や一般従業員(受雇人)も含む
行為態様任務に背く行為会社に不利益な取引を直接・間接に行わせる行為
主観的要件自己または第三者の利益を図る、または会社に損害を加える目的意図(不法利益意図・損害意図)が必要だが、解釈により広く認定される傾向
刑罰10年以下の懲役、1000万円以下の罰金3年以上10年以下(基本)、7年以上(1億元以上の場合)

台湾法では処罰対象に受雇人、つまり一般従業員が含まれる点に注目すべきです。

台湾の重要判例:CTBC紅火案に見る司法判断の基準

台湾の重要判例:CTBC紅火案に見る司法判断の基準

台湾における特別背任の成否を巡る司法判断の変遷を象徴するのが、中国信託金融ホールディングス(CTBC)の元副会長らが起訴された紅火案です。この事件は2004年、中信金控(CTBC)が兆豐金控への転投資を目的として、辜仲諒副董事長ら幹部が関係者を通じてペーパーカンパニー「紅火社」を設立し、兆豐金株に連動する結構債(ストラクチャード・ノート)を紅火社に買い付けさせることで兆豐金の株価を間接的に操縦したとして、証券取引法違反(間接操縦株価罪)および銀行法特別背信罪で起訴された事件です。この裁判は10年以上にわたり、有罪と無罪の間で判断が揺れ動きました。

当初の判決では、銀行が直接市場で売却していれば得られたはずの利益を第三者に移転させたとして、重い実刑判決が下されました。しかし2023年の更三審判決では、当時の金融規制により銀行は資産を早急に処分する必要があったこと、直接市場で売却すれば価格暴落を招く恐れがあったことから、ペーパーカンパニーを介在させたことは合理的な経営判断であったとして背信罪について無罪が言い渡されました。検察の上訴を受けた最高法院は2024年9月、銀行法特別背信罪・刑法背信罪に関する部分については更三審の無罪判決を破棄差戻し(現在更四審で審理継続中)としましたが、証券取引法違反(操縦株価)等の罪については無罪が確定しています。台湾の司法が形式的な法令違反だけでなく、実質的に会社に損害があったか、個人の私利を図る意図(図利意図)が本当に無かったかを極めて厳密に審査していることを示しています。

日系企業が学ぶべき教訓は取引の正当性を事後的に説明するだけでは不十分という点です。複雑なスキームや関連当事者取引を行う際は、意思決定の時点で取締役会の議事録を詳細に残し、外部専門家の意見書を取得するなど、会社のために最善の判断を行ったという客観的証拠を固めておく必要があります。

台湾における内部統制システムの構築義務と行政罰

台湾においてコンプライアンス体制の整備は単なる努力義務ではなく法的義務です。金融監督管理委員会は公開会社における内部統制制度構築処理準則を定め、上場企業等に厳格な内部統制の設計と運用を求めています。企業は年度ごとに内部監査計画を策定し、取締役会の承認を得る必要があります。近年の改正で監査項目には従来の財務報告の信頼性に加え、ESGに関連するサステナビリティ情報の管理や報酬委員会の運営なども追加されています。企業は年に一度、内部統制の有効性に関する自己評価を行い、内部統制声明書を作成・開示しなければなりません

内部統制制度に不備があった場合や規定に違反した場合、証券取引法第178条に基づき24万台湾元以上480万台湾元以下の過料(行政罰)が科されます。当局から改善命令が出されたにもかかわらず改善が見られない場合、処罰が連続して科されることもあります。金額的ペナルティ以上に、行政処分を受けた事実が公表されることによるレピュテーションリスクは甚大です。内部統制の不備が原因で役職員の不正を防げなかった場合、経営陣は株主からの損害賠償請求(代表訴訟)のリスクにも晒されます。

まとめ

台湾における企業犯罪への対応は日本以上に厳格な法制度の下に置かれています。証券取引法第171条による重罰化は、1億台湾元を超える損害が発生した場合に7年以上の懲役という実刑判決を招くリスクがあり、経営者や法務担当者はこの重大性を認識する必要があります。刑法の適用範囲を超えて一般従業員までが厳罰の対象となり得る点や、内部統制システムの構築が法的義務として課されている点も台湾法務の特徴です。

日系企業が台湾でビジネスを安全に遂行するには、現地法令に精通した専門家によるガバナンス体制の構築と、経営判断のプロセスを客観的に記録・保存する実務運用が不可欠です。モノリス法律事務所は台湾の椽智商務科技法律事務所との強力なパートナーシップを通じ、現地法人の設立から日々のコンプライアンス監査、万が一の有事対応に至るまで、台湾ビジネスの法的課題を包括的にサポートいたします。

監修

河瀬 季

Toki Kawase

IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。

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