台湾資産の相続:日本人が台湾の不動産・預金を相続する手続き

台湾資産の相続:日本人が台湾の不動産・預金を相続する手続き

グローバル化が進展する現代、日本企業や個人が海外に資産を保有することは珍しくありません。台湾は日本にとって歴史的・経済的に密接な関係にあるパートナーであり、多くの日本企業が進出し、個人投資家が不動産や金融資産を保有するケースが増加しています。資産の保有者が亡くなり相続が発生した際、国境を跨ぐ法制度の違いが遺族の前に大きな壁として立ちはだかります。日本人が台湾に所有する不動産や預金、株式などの資産を相続する場合、手続きは日本国内のみで完結する相続とは比較にならないほど複雑です。

まずどこの国の法律に従って遺産を分けるのかという準拠法の決定が先決であり、現地の税制や不動産登記法、銀行実務に精通していなければ、資産を凍結されたまま長期間動かせない事態に陥りかねません。台湾と日本は法制度のルーツを同じくする部分が多いものの、行政手続きや外国人に対する規制には無視できない差異が存在します。

本記事では、日本人が台湾にある資産を相続する際に適用される法律(準拠法)、台湾特有の遺産税制度における非居住者への課税ルール、不動産や預金の名義変更に必要な具体的な実務手続きについて、最新の法令や判例に基づき、その法的根拠とともに網羅的に解説します。

台湾における相続の準拠法と渉外民事法律適用法

国際相続において最も基本的かつ最初に解決しなければならない法的問いは、日本の民法と台湾の民法のどちらに従って相続人を決め、遺産を分けるのかという点です。これを決定するルールを国際私法と呼び、台湾においては渉外民事法律適用法(涉外民事法律適用法)がこれに該当します。

被相続人の本国法主義の原則

台湾の国際私法である渉外民事法律適用法第58条には、相続に関する準拠法について明確な規定が置かれています。同条によれば、相続は被相続人の死亡時の本国法によると定められています。

被相続人が日本人である場合、台湾にある財産の相続であっても、原則として被相続人の本国法である日本の民法が適用されます。これは本国法主義と呼ばれる考え方です。台湾にある不動産や預金の相続手続きを行う場合でも、誰が法定相続人になるのか、法定相続分はそれぞれいくらなのか、遺留分は存在するのかといった実体法上の問題は、すべて日本の法律に従って判断されます。

台湾の行政機関や金融機関は、この第58条の規定に基づき、日本人が亡くなった場合には日本の民法に基づいた遺産分割協議書や相続関係説明図の提出を求めます。台湾の手続きでありながら、その中身の判断基準は日本法にあるという状況が生じるのが国際相続の特徴です。

日本法の確定と台湾実務における証明プロセス

台湾の渉外民事法律適用法第58条は相続の準拠法を被相続人の本国法と定め、日本人の場合は日本法を指定します。日本の法の適用に関する通則法第36条もまた、相続は被相続人の本国法によると規定しており、両国の国際私法がいずれも日本法を準拠法として指定する結果、反致は生じず、最終的に日本法が準拠法として確定します。台湾の裁判実務においても、日本人の相続案件において台湾民法を適用する余地は原則としてありません。

台湾での相続手続きにおいては、台湾の裁判所や登記機関、金融機関に対して、日本の民法に基づけば自分たちが正当な相続人であるということを証明していく作業が中心となります。日本の戸籍謄本を翻訳・認証し、日本の弁護士が作成した日本民法における相続人の範囲と相続分に関する意見書などを提出することで、現地の係官に日本法の内容を理解させるプロセスが必要となります。

台湾の遺産税制度と非居住者への課税

台湾の遺産税制度と非居住者への課税

準拠法が日本法であっても、税金については財産所在地国の税法が適用されるという公法上の属地主義が支配します。日本人が台湾に残した資産については、日本の相続税とは別に、台湾政府に対して遺産税(日本の相続税に相当)の申告と納税を行う義務が発生します。台湾の遺産税法制は遺産及び贈与税法(遺產及贈與稅法)によって規律されていますが、最も注意すべきは、被相続人が台湾に居住していなかった(非居住者)場合の扱いです。

居住者と非居住者の区別と課税範囲

台湾の遺産税における課税対象の範囲は、「もらう側(相続人)」の属性は問わず、もっぱら「亡くなった側(被相続人)」の国籍と居住実態によって決定されます(日本法のように相続人の居住地で無制限課税になることはありません)。

被相続人が中華民国(台湾)の国籍を持たない外国人(日本人)であり、かつ台湾の域外に常居する者(日本の居住者)であった場合、台湾での課税対象となるのは台湾国内にある財産(現地不動産や台湾法人の株式、現地口座等)のみに限定されます(遺産及び贈与税法第1条第2項、第3条第2項)。

したがって、日本国内にある不動産や預金、あるいは第三国にある資産は、台湾での課税対象には含まれません。ただし実務上、被相続人がルーツの関係で潜在的に台湾籍を保持している(二重国籍)場合や、死亡前2年以内に台湾国内財産を生前贈与していた場合は、全世界課税の適用や遺産への強制持ち戻し(同法第15条)といった台湾特有の課税リスクが浮上するため、被相続人の戸籍・国籍ステータスの厳密な事前確認が必要不可欠です。

非居住者に対する控除の制限

日本人が台湾の遺産税を計算する際、最も大きな注意点となるのが控除の扱いです。台湾の居住者が亡くなった場合、配偶者控除や直系卑属(子など)控除など、多額の基礎控除が認められており、これらを合算すると相当額まで非課税となるケースが多くあります。

非居住者(日本人)の相続においては、これらの人的控除の多くが適用されません。居住者と非居住者の主な控除の違いは以下の通りです。

控除項目台湾居住者の場合非居住者(日本人)の場合
免税額(基礎控除)1,333万台湾元(適用あり)1,333万台湾元(適用あり)
配偶者控除553万台湾元(適用あり)適用なし
直系卑属控除1人につき56万台湾元(適用あり)適用なし
父母控除1人につき138万台湾元(適用あり)適用なし
葬儀費用・債務適用あり台湾国内で発生したものに限り適用

日本に住む配偶者や子供が相続する場合、台湾での人的控除は一切使えません。免税額の1,333万台湾元を超える資産が台湾にある場合、即座に課税対象となります。台湾の不動産価格、特に台北市内の不動産価格は高騰しており、マンション一室でもこの免税額を超えることは珍しくありません。

遺産税の申告期限と完税証明書

遺産税の申告は、被相続人の死亡の翌日から起算して6ヶ月以内に行わなければなりません。手続き上の最大の特徴は、先納税・後相続という厳格な原則です。日本では、預金の一部を仮払い制度で引き出したり、相続登記後に不動産を売却して納税資金に充てることが可能です。台湾では原則としてこれが認められません。

遺産税を完納し、税務署から遺産税完税証明書(遺產稅繳清證明書)または免税証明書の発行を受けなければ、不動産の移転登記も銀行預金の解約も一切できない仕組みになっています。

台湾不動産の相続手続きと土地法による規制

日本人が台湾の不動産を相続すること自体は、台湾の土地法第18条が定める平等互恵の原則により認められています。日本政府も台湾人による日本の土地取得を制限していないため、相互主義により日本人による台湾の土地取得も原則として可能です。取得後の権利行使や特定の土地については、台湾独自の厳しい制限が存在します。

台湾の土地法第17条第1項は、国家の安全や資源保護の観点から、林地、漁業地、狩猟地、塩地、鉱床、水源地、要塞軍備区域および領域辺境地帯の土地について、外国人の取得を禁止しています。通常、売買であればこれらの土地は購入できませんが、相続は法律上の当然の承継であるため、例外的に取得自体は認められます。

同条第2項には、相続によってこれら禁止区域の土地を取得した外国人に対し、厳しい事後要件が課されています。相続人は、登記完了後3年以内に台湾人または台湾法人へ売却する義務を負い、これを怠ると強制的に競売にかけられ、所有権を失うことになります。登記申請時には、この義務を履行する旨の誓約(切結)を行い、登記簿にもその旨が注記されます。

不動産の相続登記(継承登記)を進めるためには、まず税務署での遺産税申告を完了させる必要があります。登記申請プロセスは以下の通りです。

手順内容
遺産税申告税務署に申告し、納税を完了させ、遺産税完税証明書を取得します。
書類収集日本の戸籍謄本(被相続人・相続人)、遺産分割協議書、印鑑証明書等を揃えます。
文書認証日本の公文書・私文書に対し、日本の外務省および台北駐日経済文化代表処の認証を受けます。
代理人選任現地の地政士(司法書士)へ委任状を作成します。
登記申請管轄の地政事務所へ申請書と添付書類を提出します。
権利証受領審査完了後、新しい土地所有権状・建物所有権状が発行されます。

台湾の銀行預金・金融資産の相続手続き

台湾の銀行預金・金融資産の相続手続き

台湾の銀行や証券会社にある資産の相続手続きにおいても、準拠法である日本法に基づき相続人を確定し、現地の行政手続きに従って名義変更や解約を行います。台湾の銀行実務はマネーロンダリング対策の強化により年々厳格化しており、外国人にとってはハードルの高い作業となります。

被相続人の死亡を銀行が知った時点、あるいは相続人が死亡の事実を告げた時点で、口座は直ちに凍結されます。解約払い戻しを受けるためには、原則として相続人全員の同意と、全員の本人確認が必要です。必要書類として、銀行所定の相続申請書に加え、遺産税完税証明書、認証済みの戸籍謄本および遺産分割協議書などが求められます。

台湾の銀行実務において特徴的なのは、印鑑の重要性です。多くの銀行口座は印鑑(届出印)で管理されており、解約時にも被相続人の届出印の提出を求められることがあります。銀行によっては、外国人が相続手続きを行う際に台湾在住の保証人を求めるケースがあります。これは、相続後に他の相続人からクレームが入った場合のリスクヘッジのためですが、台湾に親戚がいない日本人にとっては高いハードルとなります。

台湾での遺産分割協議書と必要書類の認証手続き

台湾での相続手続きにおいて、日本人相続人を最も疲弊させるのが、日本で作成した書類の認証プロセスです。台湾はハーグ条約に加盟していないため、アポスティーユによる証明が利用できません。日本国内の書類を台湾で公的な文書として扱ってもらうためには、複数の機関を回る認証リレーを経る必要があります。

日本で作成した遺産分割協議書や委任状が、台湾の役所で有効な書類として認められるまでの流れは以下の通りです。

ステップ手続きを行う機関内容
文書作成弁護士・作成者台湾の提出先が求める要件を満たした遺産分割協議書や委任状を作成します。
公証人認証日本の公証役場私文書(協議書等)に署名し、公証人の認証を受けます。
法務局長証明日本の地方法務局公証人の印が真正であることを法務局長が証明します。
公印確認日本国外務省法務局長の印が真正であることを外務省が証明します。
領事認証台北駐日経済文化代表処外務省の印が真正であることをTECOが証明(検証)します。

台湾の地政事務所や国税局は、日本語で書かれた書類に対して中国語(繁体字)翻訳文の添付を義務付けています。翻訳文についても、TECOでの認証か、現地の公証人による認証が必要となるケースが一般的です。

まとめ

日本人が台湾の資産を相続する手続きは、多層的な法的構造の上に成り立っています。準拠法としては日本の民法が適用される一方で、税務においては台湾の遺産及び贈与税法が適用され、非居住者は控除の面で不利になります。不動産に関しては台湾の土地法が適用され、一部の土地には3年以内の売却義務が課されるなど、特有の制限も存在します。これらの手続きを進めるためには、台湾の土地登記規則や銀行実務に従い、厳格な文書認証を経なければなりません。

これらの要素が複雑に絡み合うため、単に日本の弁護士や台湾の代書屋に依頼するだけでは解決しないケースが多く見受けられます。日本の法律に基づいた遺産分割を行い、それを台湾の法令に適合する形式で文書化し、認証を経て、現地の税務署や登記所と交渉するという、日台双方の法実務を横断する高度な専門性が求められます。

モノリス法律事務所は、IT関連法務や国際案件に強みを持つ日本の法律事務所として、台湾現地の法律実務に精通した椽智商務科技法律事務所と強固な連携体制を構築しています。この連携により、準拠法の調査から遺産分割協議書の作成・認証、台湾現地での税務申告、不動産登記、銀行口座解約、さらには現地法人の株式承継や事業承継に至るまで、シームレスなサポートを提供することが可能です。台湾資産の相続という複雑な課題に直面された際は、ぜひ日台両岸の法務に精通した我々にご相談ください。

監修

河瀬 季

Toki Kawase

IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。

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