台湾の就業規則:セクハラ防止規定の義務化と日系企業が取るべき実務対応

台湾の就業規則:セクハラ防止規定の義務化と日系企業が取るべき実務対応

2023年5月、台湾社会は大規模なジェンダー・ハラスメント告発運動に揺れました。与党・民進党の元党職員による告発を発端として、職場における性被害が組織の論理によって隠蔽されてきた実態が次々と明るみに出ました。告発の波は政界、芸能界、一般企業へと広がり、従来の法制度が抱える構造的な欠陥が浮き彫りになりました。特に、権力を利用したハラスメントへの抑止力の欠如や、企業トップが加害者である場合に自浄作用が働かないといった問題が顕在化しました。

台湾政府および立法院は異例のスピードで法改正に着手しました。性別平等教育法、性別平等工作法(旧:性別工作平等法)、性騷擾防治法のいわゆる性平三法が改正され、2024年3月8日より全面施行されています。

本記事では、改正法が台湾でビジネスを展開する日系企業に与える影響を分析し、就業規則の改定や実務対応について解説します。

台湾における性別平等工作法改正の全体像

法令名称の変更と適用関係

今回の改正では、法律の名称が性別工作平等法から性別平等工作法(Act of Gender Equality in Employment)へと変更されました。労働環境におけるジェンダー平等をより包括的に実現するという国家の姿勢が、この名称変更に表れています。職場での雇用関係に基づく事案には原則として本法が適用され、今回の改正により適用範囲や他法との関係がより厳密に定義されました。

適用範囲の拡大:勤務時間外・職場外も対象に

日系企業が特に注意すべき点は、ハラスメント規制の適用範囲が時間的・場所的に大幅に拡張されたことです。改正法では、職務遂行中や職場内に限らず、一定の条件下では勤務時間外かつ職場外で発生した事案も企業の責任範囲に含まれます

具体的には、事業主が加害者である場合が該当します。また、同僚や業務関係者が職場でのセクハラに連続して勤務時間外にも継続的なハラスメント行為を行った場合も対象となります。日本企業で慣習的に行われる業務終了後の会食や社員旅行、休日ゴルフなどでのトラブルも、明確に企業の法的管理責任が問われる領域となりました。

権勢性騷擾(権勢セクハラ)という新たな類型

改正法の核心の一つは、権勢性騷擾(Power Abuse Sexual Harassment)という類型が明文化された点です。雇用や職務遂行の機会において、自らの権力や機会を利用して行われるセクシャルハラスメントを指します。

ここでいう権勢には、人事考課権を持つ上司だけでなく、業務配分や指導監督を行う立場も含まれます。さらには発注権限を持つ取引先なども該当する可能性があります。日本のパワーハラスメントがいじめや嫌がらせ全般を指すのに対し、台湾の権勢性騷擾はあくまで性的な要素を含む言動が前提となります。ただし、権力を背景とした性被害に対しては、通常のセクハラよりも重い懲罰的賠償責任が課されることになりました。

最高責任者の特別責任と外部通報ルート

企業統治上の大きな変更点として、最高負責人(最高責任者)が加害者である場合の特例措置が設けられました。従来、社長やCEOが加害者の場合、社内通報窓口が機能不全に陥ることが課題でした。この問題を是正するため、被害者は社内手続きを経ずに直接、地方主務官庁(労働局や社会局など)に申告できるルートが新設されました。当局の調査でセクハラが認定されれば、企業への過料に加え、加害者である最高責任者個人に対しても高額な行政罰と懲罰的損害賠償が科されます。

台湾における企業規模別の義務と具体的措置

台湾における企業規模別の義務と具体的措置

台湾の労働法制では従業員規模に応じた規制が設けられています。今回の改正でその境界線が見直され、より小規模な企業への規制が強化されました。

従業員10人以上30人未満の事業主への新義務

これまで規制が緩やかだった従業員30人未満の事業所についても、10人以上の場合は新たな義務が課されました。セクハラに関する相談や通報を受け付ける申訴管道(苦情処理チャネル)の設置と公表が義務付けられています。

専用の電話番号、FAX、メールアドレス、または担当者を指定し、職場内の見えやすい場所やイントラネット等で従業員がいつでも確認できる状態にしなければなりません。多くの日系企業の駐在員事務所や小規模拠点がこの規模に該当します。人数が少ないから口頭で良いという運用は認められず、違反時には1万台湾ドル以上10万台湾ドル以下の過料が科されます。

従業員30人以上の事業主:防止措置と規定策定

30人以上の事業主には、より詳細な性騷擾防治措施、申訴及懲戒規範(セクハラ防止措置、申訴および懲戒規範)の策定と公開掲示が義務付けられています。労働部のガイドラインに基づき、以下の要素を規定に盛り込む必要があります。まず、管理職と一般従業員を区別した教育訓練の実施計画です。次に、申訴から調査、処理に至る標準手続きを明確にします。たとえば受理後7日以内に調査開始、2ヶ月以内に結審といったタイムラインの設定が求められます。

通報者や協力者のプライバシー保護と報復禁止も規定しなければなりません。セクハラ認定時の懲戒処分の基準、最高責任者が加害者の場合の外部通報の権利についても明記が必要です。被害者への医療・心理的支援の提供も規定に含めます。これらの不備は2万台湾ドル以上30万台湾ドル以下の過料対象となります。

台湾におけるセクハラ発覚時の是正・補救措置義務

改正法の運用において最も重要なのが、事業主がセクハラの事実を知った時点から発生する即時の是正および補救措置義務です。知ったとは正式な申告だけでなく、噂話やSNS、非公式な相談などで把握した場合も含みます。

被害者からの申告がある場合の対応

被害者から正式な申告があった場合、事業主は直ちに被害者を保護するための隔離措置を講じます。加害者との接触を断つための配置転換や在宅勤務の許可などが該当しますが、被害者の意向に反する不利益な異動は避けなければなりません。加害者が権勢セクハラの疑いがあり情状が重大な場合は、調査期間中の職務停止も可能です。

正式な申告がない場合の対応

正式な申告がない場合でも、事実を知った以上は放置できません。関係者へのヒアリングによる事実確認や、ハラスメント防止研修の再実施などの環境改善措置を講じます。被害者が特定できる場合は能動的に支援を申し出る必要があります。これらの対応を怠った場合、2万台湾ドル以上100万台湾ドル以下という非常に重い過料が科される可能性があります。

台湾におけるセクハラ調査プロセスと事実認定

台湾におけるセクハラ調査プロセスと事実認定

調査委員会の公正性担保

セクハラ申告があった場合の調査は、準司法的な手続きで行われます。調査チーム(委員会)の構成は企業規模により異なります。たとえば100人以上の企業では調査委員の2名以上を外部専門家(弁護士等)とする必要があります。性別平等教育法の精神に準じ、女性委員の割合を2分の1以上にするなどの配慮も求められます。

調査では被害者と加害者を同席させないなどの二次被害防止策を講じつつ、客観的証拠を収集します。事実認定は合理的被害者の視点に基づき、その言動が敵対的または威圧的な職場環境を作り出したかを判断します。

参考となる裁判例

台湾の行政裁判実務においては、事業主が被害者の感情や事件の全容を把握するために積極的に調査を行うことが求められており、単に形式的な対応に留まる場合は、性別工作平等法違反として行政処分の対象となるとされています。

損害賠償の基準に関しては、最高法院51年(西暦1962年)台上字第223号判例が慰謝料算定の基礎とされており、被害者の精神的苦痛や双方の社会的地位等を考慮して金額が決定されます。

台湾における損害賠償責任とリスクの定量化

今回の改正で、加害者個人および企業が負うリスクは飛躍的に高まりました。特に注目すべきは懲罰的損害賠償の導入です。

懲罰的損害賠償と賠償責任の範囲

従来の民事上の損害賠償責任(民法第184条)に加え、改正後の性別平等工作法は、一定の場合において懲罰的性質を有する加重賠償を認める旨を明文化しました。

まず、一般の性騷擾については、性別平等工作法第27条に基づき、加害者は被害者に対して損害賠償責任を負います。損害額の算定にあたっては、精神的苦痛の程度、被害状況、双方の地位・経済状況などが総合考慮されます。

さらに、同法第27条の1は、いわゆる「権勢性騷擾」に該当する場合、すなわち雇用上の指揮監督関係や職務上の権限・影響力を利用して性騷擾を行った場合について、裁判所が被害の重大性や加害態様を踏まえ、通常の損害額を超える加重賠償を命じ得ることを定めています。特に、事業主本人または事業主を代表する者が加害者である場合には、その責任はより重く評価される構造となっています。具体的な加重の程度は個別事案ごとに裁判所が判断します。被害の態様、権力関係の強度、事後対応の誠実性などが重要な考慮要素となります。

また、企業は民法第188条に基づく使用者責任を負い、従業員が職務執行に関連して他人に損害を与えた場合には、原則として加害者と連帯して賠償責任を負います。加えて、性別平等工作法第13条は、事業主に対し性騷擾防止措置および発生時の是正措置を講じる義務を課しており、これを怠った場合には行政過料の対象となるだけでなく、独自の不法行為責任が認定される可能性があります。

日系企業特有のリスクと台湾での実務対応

文化的なギャップへの対応

日本企業特有の飲みニケーション文化は、台湾では深刻な法的リスクとなります。業務の延長としての会食でのボディタッチや性的な冗談は、即座に敵対的環境型セクハラと認定される可能性が高いといえます。特に上司から部下への行為は同意の有無にかかわらず権勢を利用したものとみなされがちです。改正法が勤務時間外も適用対象としたことを踏まえ、駐在員や管理職に対する行動規範の再教育が不可欠です。

就業規則改定の要点

日系企業は、自社の就業規則(工作規則)および関連規定を見直す必要があります。定義規定として権勢性騷擾の定義が含まれているか確認し、条文に追加して社内周知を徹底しましょう。適用範囲については、勤務時間外、職場外、取引先も対象となっているか確認し、明文化します。

申訴窓口については、具体的な連絡先(メールアドレス等)が記載されているか確認し、専用アドレスを記載して担当部署を明記します。調査期間は受理後7日以内開始、2ヶ月以内結審等の期限を法定期間に合わせて修正します。外部通報については、最高責任者が加害者の場合の外部通報権利を必須項目として追加します。

さらに、調査中の職務停止と給与の取り扱いも規定する必要があります。職務停止を可能とし、無実の場合は補給する旨を記載しましょう。懲戒基準はセクハラの重大性に応じた処分を具体的に定め、解雇を含む段階的な処分を明記します。

まとめ

2023年の法改正と2024年の全面施行により、台湾におけるハラスメント対策は努力義務から厳格な法的義務へと完全に移行しました。職場における個人の尊厳を最優先するという社会的な合意形成の結果であり、日系企業にとっても対岸の火事ではありません。

規定改定や研修といったコストは発生しますが、ジェンダー平等に配慮した安全な職場環境は、人材獲得競争が激化する台湾市場において優秀な人材を惹きつける強力な武器となります。対応を誤れば巨額の賠償責任や社会的信用の失墜を招きかねません。

モノリス法律事務所および椽智商務科技法律事務所は、日本と台湾双方の法務に精通したチームとして、就業規則の改定からハラスメント研修の実施、有事における調査対応まで、企業の皆様を包括的にサポートいたします。法改正への対応を企業価値向上の機会と捉え、実効性のある体制構築を支援します。

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