台湾における解雇時の金銭補償:資遣費(退職金)の新旧制度と計算方法

台湾における解雇時の金銭補償:資遣費(退職金)の新旧制度と計算方法

台湾市場への進出や事業拡大を図る日本企業にとって、現地の労働法規制、とりわけ雇用契約の終了に伴う金銭補償のルールを正確に把握することは経営リスク管理の最重要課題の一つです。日本では解雇時の金銭補償は就業規則や退職金規程に基づく私的な契約事項としての側面が強いです。一方、台湾においては労働基準法および労働者退職金条例という強力な法的枠組みによって、その支払義務、計算式、支払期限が厳格に規定されています。

特に2005年7月に施行された新制度は、従来の労働基準法に基づく高額かつ硬直的な退職金負担を軽減し、労働力の流動化を促進する目的で導入されました。しかし現在もなお、旧制度の適用を受ける勤続年数の長い従業員と新制度のみが適用される従業員が混在する過渡期にあります。この新旧制度の併存は、経営者や人事法務担当者にとって複雑な計算実務を強いる要因となっています。

本記事では、台湾における解雇コストの構造、計算ロジック、および税務上の取り扱いについて網羅的に解説します。

台湾における解雇規制と金銭補償の全体像

台湾の労働法制において、解雇は使用者の権利濫用を防ぐため厳格な要件が課されています。しかし要件さえ満たせば解雇が法的に有効となる点において、日本法とは異なる一定の予測可能性が存在します。その核心にあるのが法定の金銭補償である資遣費(解雇手当)です。

日本企業が最初に直面する混乱は用語の定義にあります。台湾法では資遣費と退職金は明確に区別されます。資遣費は会社都合による労働契約の終了や特定の事情による即時解除の際に支払われる法定の補償金です。失職に対する損害賠償的な性格と再就職までの生活保障的な性格を併せ持ちます。

資遣費の支払い義務が生じるケース

資遣費の支払い義務は解雇の理由が労働基準法のどの条文に基づくかによって決定されます。労働基準法第11条に基づく予告解雇の場合、使用者は法定の予告期間を置いた上で労働契約を解除できます。対象となるのは事業の縮小、赤字、不可抗力、業務性質の変更、労働者の能力不足などです。この際は資遣費の支払いが必須となります。

一方で第12条に基づく懲戒解雇の場合は即時解雇が可能であり資遣費の支払いは不要です。対象となるのは経歴詐称、暴行、無断欠勤、機密漏洩などです。日本企業にとってのリスクは、懲戒解雇として処理した事案が後の裁判で無効とされ、資遣費の支払い義務が生じるケースです。

新旧制度の併存と企業の管理負担

2005年7月1日の労働者退職金条例(新制度)施行により、台湾の労働市場は大きく変化しました。それまでの労働基準法(旧制度)は全額が企業負担であり、労働移動を阻害する要因となっていました。新制度では確定拠出年金型のシステムが導入され、解雇時の資遣費計算ルールも企業負担を軽減する形で再設計されました。

現在、企業は旧制度のみ適用される従業員、新制度のみ適用される従業員、両制度が併用される従業員の3パターンを管理する必要があります。それぞれの入社時期や制度選択の履歴に基づいた正確な運用が求められます。

台湾における資遣費(解雇手当)の計算ロジックと実務

台湾における資遣費(解雇手当)の計算ロジックと実務

日本企業の法務担当者が最も注意を払うべきは、新制度と旧制度で計算のベースとなる月数の数え方や上限の有無が異なる点です。

新制度の計算方法

新制度(労働者退職金条例第12条)は、2005年7月1日以降の入社者、または同日以降に新制度へ移行した者に適用されます。計算式は平均賃金×0.5ヶ月×勤続年数です。勤続1年につき0.5ヶ月分が支給され、1年未満の期間は実日数に応じて比例計算されます。支給上限は6ヶ月分であり、勤続12年に達すると上限に到達します。たとえば平均賃金が60,000台湾元で勤続3年6ヶ月15日の従業員の場合、勤続期間は実日数に基づき約3.54年と算定され、支給額は約106,200台湾元となります(60,000×0.5×3.54)。

旧制度の計算方法

旧制度(労働基準法第17条)は、2005年7月1日以前に入社し、新制度へ移行しなかった期間について適用されます。計算式は平均賃金×1ヶ月×勤続年数です。勤続1年につき1ヶ月分が支給され、1年未満の期間は比例計算されます。 支給総額の上限は45ヶ月分です。

同じ条件(平均賃金60,000台湾元、勤続3年6ヶ月15日)で旧制度を適用した場合も、勤続期間は実日数に基づき約3.54年と算定され、支給額は約212,400台湾元(60,000×3.54)となります。旧制度は新制度の約2倍の水準となり得るため、M&Aなどで台湾企業を買収する際には、従業員ごとの適用制度および勤続期間の内訳を精査することが不可欠です。

支払期限と遅延リスク

支払期限についても法律上の規定があり、使用者は労働契約終了後30日以内に資遣費を支払わなければなりません。この期限を過ぎた場合、遅延利息や行政罰のリスクが生じます。日本本社での決済プロセスを含めた事前のキャッシュフロー管理が重要です。

台湾における平均賃金を巡る法的攻防とリスク管理

資遣費の計算基礎となる平均賃金の定義は、労使紛争の主要な論点です。労働基準法上の定義では、事由発生日(解雇効力発生日)から遡った6ヶ月間に得た賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額とされています。

日本企業が特に注意すべきは、台湾におけるボーナス(賞与)の扱いです。台湾では旧正月前に年終奨金を支払う慣習がありますが、これが平均賃金に含まれるか否かで資遣費の額が大きく変動します。原則として平均賃金には経常性給与のみが含まれます。最高法院の判決においては、一般的な年終奨金や三節奨金は恩恵的・奨励的な給与であり、労働の対価としての賃金には該当しないと判断される傾向にあります。したがって通常は平均賃金の計算基礎から除外することが可能です。

しかし雇用契約書に「年俸を14分割して支払う」や「毎年固定で○ヶ月分を支給する」といった記載がある場合は注意が必要です。業績に関わらず慣習的に固定額が支払われている場合も同様です。これらは経常性のある賃金とみなされ、平均賃金に算入されるリスクが高まります。このリスクを回避するためには、雇用契約書や就業規則において、賞与が会社の業績および個人の成績に基づく裁量的なものであることを明記しておく必要があります。また残業代は当然に賃金に含まれますが、退職時に買い取る未消化有給休暇の買取金は通常は平均賃金の計算基礎には含まれません。

台湾におけるプロセスの遵守:解雇通告と行政への報告義務

台湾におけるプロセスの遵守:解雇通告と行政への報告義務

金銭計算と同様に重要なのが適法な手続きの履行です。特に資遣通報は日本にはない制度であり、失念すると即座に罰金の対象となります。

資遣通報の義務

使用者は従業員の離職日の10日前までに、現地主管機関および公立就業サービス機構に対して資遣通報を行う義務があります。これには解雇される従業員の氏名、年齢、担当業務、解雇事由などを記載したリストを提出する必要があります。日本ではハローワークへの届出は事後に行われることが一般的ですが、台湾では事前(10日前)であることが決定的に重要です。違反した場合は3万台湾元以上15万台湾元以下の罰金が科されます。

解雇予告期間

従業員本人に対する解雇予告期間も勤続年数に応じて定められています。勤続3ヶ月以上1年未満の場合は10日前、1年以上3年未満の場合は20日前、3年以上の場合は30日前の予告が必要です。企業は上記の予告期間を置く代わりに、その期間分の賃金(予告手当)を支払うことで即時に労働契約を終了させることができます。情報セキュリティの観点から、日本企業では予告手当を支払って即日退職とするケースが多く見られます。

また解雇された従業員が失業給付を申請するために必要な非自発的離職証明書の発行も法的な義務です。会社側は請求があればこれを拒否することはできません。

台湾における資遣費の税務処理

資遣費を受け取る従業員にとっての手取り額を左右するのが税務処理です。台湾の所得税法では、退職・解雇に伴う一時金に対して勤続年数に応じた控除枠(非課税枠)が設けられています。財政部は物価変動に合わせてこの免税額を調整しています。

2026年の申告(2025年所得分)およびそれ以降の基準では、受取総額が「206,000元×勤続年数」以下の場合は全額非課税となります。受取総額のうち「206,000元×勤続年数」を超え「414,000元×勤続年数」以下の部分についてはその半額を課税所得とします。「414,000元×勤続年数」を超える部分は全額課税です。

たとえば勤続10年の従業員が300万台湾元の資遣費を受け取った場合、まず206万元までは全額非課税となります。残りの94万元は半額課税の枠内に収まるため、その半分の47万元のみが課税所得として算入されます。このように台湾の退職所得課税は従業員にとって有利な設計となっており、解雇パッケージを提示する際の交渉材料として活用できます。

台湾における失業給付との連携と社会的セーフティネット

台湾における失業給付との連携と社会的セーフティネット

資遣費の支払いは、従業員の失業給付受給資格に悪影響を与えることはありません。台湾の制度では資遣費は過去の労働への清算であり、失業給付は将来の求職期間中の生活保障として明確に区別されています。両者は併給が可能です。失業給付を受給するためには、非自発的離職であること、離職前3年以内に就業保険の加入期間が通算1年以上あること、そして働く能力と意思があり求職登録を行うことが要件となります。

給付内容は離職前6ヶ月の平均月額保険給与の60%が基本となり、最長6ヶ月間支給されます。45歳以上等は9ヶ月間支給されます。扶養家族がいる場合はさらに加算がつきます。

会社側が適正に資遣通報を行い非自発的離職証明書を発行することで、元従業員はこのセーフティネットをスムーズに利用できます。解雇による労使間の感情的な対立を緩和する効果も期待できます。

日本と台湾の比較分析:リスクヘッジの観点から

最後に日本の労働法実務に慣れた経営者が台湾で特に注意すべき相違点を整理します。解雇の自由度について、日本では解雇権濫用法理により極めて制限的であり、客観的合理的理由があっても無効とされるリスクが高いです。台湾では法定事由(第11条)に基づく制限はありますが、事由が立証されれば有効と認められやすい傾向があります。

金銭補償の法的義務について、日本では法的義務がなく就業規則等によります。台湾では完全な法的義務があり、法律で計算式が定まっており不払いは違法です。解決金の相場について、日本では紛争時は月収の6ヶ月から12ヶ月以上になることもあり相場は流動的です。台湾では新制度なら上限6ヶ月という明確なキャップがあるためコストの上限が見えやすいです。

行政への報告について、日本ではハローワークへの事後届出が主です。台湾では労働局への事前(10日前)届出が必須です。日本では「解雇は不可能に近い」という前提で退職勧奨を行いますが、台湾では「資遣費さえ払えば解雇できる」という誤解を持ちがちです。台湾でも不当解雇は無効となりますが、正当な解雇であればコストは新制度なら最大6ヶ月分で済むという点は経営計画上の予測可能性を高める要素と言えます。

まとめ

台湾における解雇時の金銭補償(資遣費)は、新制度の導入により企業のコスト負担が予見可能なものとなりました。しかし依然として計算プロセスの複雑さや法的手続きの厳格さは残っています。特に平均賃金の範囲をめぐる解釈や事前通報義務の遵守はコンプライアンス上の重要なチェックポイントです。

モノリス法律事務所と椽智商務科技法律事務所は、こうした台湾特有の法規制に対応するため、雇用契約書のレビューから解雇プロセスの適法性監査、退職パッケージの設計、さらには万が一の労使紛争解決に至るまでワンストップでのサポートを提供しています。

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