台湾のM&A基礎:株式譲渡と事業譲渡の法的手続き

台湾のM&A基礎:株式譲渡と事業譲渡の法的手続き

台湾は、エレクトロニクスや半導体産業を中心に、日本企業にとって長年重要なビジネスパートナーです。日本企業が台湾市場へ進出する際、あるいは現地のサプライチェーンを強化する手段として、台湾企業の買収(M&A)は有効な選択肢といえます。

台湾の法制度は日本と表面的には似ているものの、M&Aの実務では決定的な違いがいくつか存在します。企業併購法という特別法の存在や、労働者保護に関する厳格な判例法理がその代表例です。これらの差異を理解せずに日本的な感覚で交渉を進めると、思わぬ法的リスクや追加コストを抱え込みかねません。

本記事では、台湾におけるM&Aの基礎となる株式譲渡と事業譲渡の手続き、デューデリジェンス(買収監査)における特有のチェックポイント、そして近年特に重要性を増している労働者の承継問題を、最新の法令と判例に基づき取り上げます。

台湾M&Aを取り巻く法規制の全体像

台湾におけるM&Aは、主に企業併購法(Business Mergers and Acquisitions Act)公司法(会社法)証券取引法という3つの法律によって規律されています。日本では合併や分割といった組織再編行為は主に会社法の中に規定されていますが、台湾ではM&Aを促進し手続きの効率化と株主保護を図るため、2002年に特別法として企業併購法が制定されました。

企業併購法の最大の特徴は、会社法などの一般法に対する特別法としての地位を有している点です。M&Aに関する事項については、企業併購法の規定が会社法やその他の関連法令に優先して適用されます。実務上はまず企業併購法を基準に検討を進め、そこに規定がない事項についてのみ会社法や証券取引法、公平交易法(公正取引法)、労働基準法などの関連法令を参照するという重層的な構造になっています。

日本企業が台湾企業の株式を取得したり事業を譲り受けたりする際には、外国人投資条例に基づく投資許可が大きな関門となります。台湾では外国人による投資(Inbound Investment)に対して、経済部(日本の経済産業省に相当)の投資審議司(Department of Investment Review, DIR)による事前審査制度が設けられています。

この審査では投資家の身元確認だけでなく、資金の出所や株主に中国大陸(PRC)資本が含まれていないか等が厳格にチェックされます。特に陸資(中国大陸資本)とみなされた場合、投資可能な業種が大幅に制限されます。日本企業であっても株主構成の事前確認(Know Your Shareholder)が不可欠です。

台湾における株式譲渡と事業譲渡の法的構造

台湾における株式譲渡と事業譲渡の法的構造

M&Aのスキームには合併や株式交換など多様な形態がありますが、中堅・中小企業の買収において最も頻繁に利用されるのが株式譲渡事業譲渡です。それぞれの特徴と台湾法上の手続きについて解説します。

株式譲渡による買収のプロセス

株式譲渡は、対象会社の株主からその保有株式を譲り受けることで経営権を取得する方法です。会社そのものの法人格、資産、負債、契約関係は原則としてそのまま維持されるため、手続きが比較的簡便であり事業の継続性が保たれやすいというメリットがあります。

非公開会社の場合、株式譲渡は基本的に当事者間の契約(株式譲渡契約:SPA)と、株券の交付(株券発行会社の場合)または株主名簿の書き換えによって完了します。台湾固有の論点として、定款による譲渡制限や外国人投資許可の取得タイミングに注意が必要です。日本企業が買収者となる場合、クロージング(取引実行)の前に経済部投資審議司からの投資許可(FIA)を取得する必要があります。この審査には通常2〜3ヶ月、案件によってはそれ以上の期間を要します。

対象会社が上場企業(公開発行会社)であり、かつ単独または共同で20%以上の株式を50日以内に取得しようとする場合には、証券取引法および公開買付けに関する規則に基づき、公開買付け(TOB)の手続きを経る義務が生じます。

事業譲渡による買収と債権者保護

事業譲渡は、対象会社の事業の一部または全部を構成する資産、負債、契約上の地位、従業員などを特定して譲り受ける方法です。買収対象となる資産や負債を選別できる(チェリーピッキングができる)ため、簿外債務のリスクを遮断したい場合に有効です。

台湾法における事業譲渡の特徴は、債権者保護手続きにあります。企業併購法第27条は、会社の主要な部分の財産または営業の譲渡や概括譲渡を行う際、債権者への通知または公告を行うことで、民法上の債権譲渡通知や債務引受の承認要件を緩和する特例措置を設けています。

表1:事業譲渡における債権者保護手続き(企業併購法第27条)

手続き項目内容と法的要件
決議要件株主総会の特別決議が必要(発行済株式総数の3分の2以上出席+出席株主の過半数の同意など)。
公告期間会社の決議後、直ちに各債権者に通知または公告を行い、30日以上の異議申立期間を付与しなければならない。
法的効果公告を行うことで、個別の債権者の承諾なく債務を引き受けることが可能になる(免責的債務引受の特例)。
不履行の効果公告を怠った場合、または異議を述べた債権者に弁済等を行わなかった場合、その事業譲渡を当該債権者に対抗できない。

30日以上という公告期間は強行規定であり短縮できません。日本企業が事業譲渡スキームを採用する場合、この公告期間を考慮に入れたスケジュール策定が必要です。会社法第185条に基づき主要な資産や事業の譲渡には株主総会の特別決議が必須となるため、買収側としては株主総会議事録の確認や招集手続きの適法性をデューデリジェンスで厳密にチェックすることが求められます。

台湾M&Aにおけるデューデリジェンスの重要論点

M&Aの成功は、適切なデューデリジェンス(Due Diligence, DD)によるリスクの洗い出しにかかっています。台湾におけるDDでは、日本とは異なる法規制やリスクの所在に注意を払う必要があります。特に知的財産権と環境問題に関する重要な相違点について詳述します。

知的財産権:職務著作の帰属に関する日台の相違

IT企業やコンテンツ企業を買収する場合、知的財産権(IP)の帰属確認は極めて重要です。特に注意すべきは、職務著作に関する日台の法制度の違いです。日本の著作権法第15条では、一定の要件を満たす職務著作については法人等が著作者となると規定されています。他方、台湾の著作権法第11条は、雇用関係における著作について原則として著作者は創作した自然人であると定め、著作財産権の帰属は契約で別段の定めがない限り雇用者に帰属するとしています。もっとも、著作者人格権は創作者本人に専属し(同法第15条以下)、契約によって移転することはできません。このため、台湾企業を買収する際には、従業員や委託先との間で著作財産権の帰属や著作者人格権の不行使特約が適切に合意されているかを慎重に確認する必要があります。

表2:職務著作における権利帰属の日台比較

項目日本(著作権法第15条)台湾(著作権法第11条・第12条)
原則的な著作者法人(使用者)従業員(自然人)
著作財産権の帰属法人使用者(ただし契約で別段の定めが可能)
著作者人格権の帰属法人従業員(一身専属権として残る)
業務委託の場合受託者に帰属(原則)受託者が著作者となり、著作財産権も受託者に帰属(原則)

この違いにより、台湾企業を買収した際に問題が生じる可能性があります。対象会社が従業員との間で適切な権利譲渡契約を結んでいなければ、M&A後にソフトウェアの改変やアップデートを行おうとした際、元従業員が同一性保持権(著作者人格権の一つ)を行使して反対するリスクが理論上残ります。法務DDにおいては、対象会社が従業員や外部委託先との間で、著作者を法人とする旨または著作者人格権を行使しない旨の明確な合意書を締結しているかを全件チェックする必要があります。

環境デューデリジェンスと汚染責任

製造業のM&Aにおいて重要となるのが土壌汚染などの環境リスクです。台湾では土壌及び地下水汚染整治法により、土地の汚染に関する責任追及が厳格化されています。

注意すべきは、汚染を引き起こした行為者だけでなく汚染された土地の所有者や管理者、使用人も、潜在的汚染者や土地関係人として浄化責任や費用負担を負う可能性がある点です。買収者が過去の汚染事実に関与していなくても、事業譲渡や合併によって土地の所有権を取得すれば、現在の所有者として責任を問われるリスクがあります。

工場用地などを取得する際は、フェーズ1(地歴調査)およびフェーズ2(土壌採取調査)の環境DDを徹底し、契約書において表明保証や補償条項を設けることが不可欠です。

台湾M&Aにおける労働者承継と最新判例

台湾M&Aにおける労働者承継と最新判例

台湾のM&Aにおいて最も法的紛争に発展しやすいのが労働者の処遇問題です。台湾の企業併購法は労働者の承継について独自のメカニズムを採用しており、近年、最高裁判所によって重要な判断が示されています。

商定留用による選別と同意プロセス

企業併購法第16条および第17条は、事業譲渡等の際、新旧の雇用主に対して労働者の留用(Retention)に関する協議と通知の義務を課しています。譲受会社(新雇用主)は、譲渡会社(旧雇用主)の従業員のうち誰を継続雇用するかを決定する権利(選別権)を有しています。

具体的なプロセスは以下のとおりです。まず新雇用主は、合併・譲渡の基準日の30日前までに留用する従業員に対して労働条件を書面で通知します。通知を受けた従業員は受領後10日以内に留用に同意するかどうかを書面で回答し、回答がない場合は同意したものとみなされます。新雇用主に留用されなかった従業員または留用を拒否した従業員に対しては、旧雇用主が労働基準法等に基づき退職金(資遣費)を支払って労働契約を終了させることになります。

最高法院111年度台上字第7号判決が示す安置義務

法的に重要なのは、新会社に引き継がれなかった従業員を旧雇用主は直ちに解雇できるのかという点です。台湾の最高裁判所(最高法院)は111年(西暦2022年)度台上字第7号民事判決において、労働者保護を重視する画期的な判断を下しました。

この判決において最高裁は、企業併購法に基づく事業譲渡に伴う解雇であっても、労働基準法第11条が定める解雇の最後の手段性の原則が適用されるとしました。旧雇用主には安置義務(配置転換義務)があり、単にM&Aで引き継がれなかったという理由だけで解雇することは許されません。グループ会社間での転籍斡旋や再就職支援など、適切な配置転換の努力を尽くさなければならないと判示しました。

日本企業が台湾企業を買収する際、必要な人材だけを選び残りは金銭解決で解雇すればよいという安易な考え方は通用しません。DDの段階で、対象会社の人員構成やリストラが必要な場合の再配置の可能性(グループ内での受け皿の有無)を慎重に検討する必要があります。

まとめ

台湾におけるM&Aは、日本企業にとって大きな成長機会をもたらす一方で、日本とは異なる法的枠組みやリスクポイントが存在します。企業併購法という特別法の適用、厳格な投資審査プロセス、職務著作や労働者承継(安置義務)に関する独自の法理は、日本法に基づく常識のみで判断すると予期せぬトラブルを招く要因となります。成功の鍵は、初期段階から台湾の法規制に精通した専門家を関与させ、徹底的なデューデリジェンスを行うことです。111年度台上字第7号判決のような最新の司法判断を踏まえた慎重なスキーム設計も欠かせません。

モノリス法律事務所は、IT・クロスボーダー法務に強みを持ち、台湾の椽智商務科技法律事務所と強固な連携体制を構築しています。日本のビジネス感覚と台湾の現地法実務を融合させ、デューデリジェンスから契約交渉、当局への申請、M&A後のPMI(統合プロセス)に至るまで、シームレスかつ戦略的なリーガルサポートを提供いたします。台湾でのビジネス展開をご検討の際は、ぜひ両事務所の専門チームにご相談ください。

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