台湾企業に対する債権回収の基本ステップ:督促から訴訟まで

台湾企業に対する債権回収の基本ステップ:督促から訴訟まで

日本企業がグローバル市場に進出する際、台湾は地理的な近接性や歴史的背景から、最も重要なパートナーの一つです。ただし、ビジネスの現場では信頼関係だけで全ての取引が円滑に進むとは限りません。商品代金の未払い、請負報酬の滞納、契約解除に伴う返金トラブルなど、債権回収の問題は台湾ビジネスでも避けて通れない経営課題です。

多くの日本企業は、台湾の法制度が日本と非常に類似していることから、日本と同様の感覚で対処しようとする傾向にあります。確かに台湾の民法や民事訴訟法は日本の旧法や現行法を参照して制定されており、用語や基本概念の多くが共通しています。

ただし類似性の裏には、実務上の運用や近年の法改正によって生じた決定的な差異が潜んでいます。2015年の民事訴訟法改正による支払督促制度の変容や、商事債権における短期消滅時効の厳格な適用は、日本法的な常識で判断すると致命的な不利益を被りかねない落とし穴です。

本記事では、台湾企業に対する債権回収のプロセスを、初期の調査・督促から保全処分、支払督促、民事訴訟に至るまで、最新の法令と実務運用に即して網羅的に解説します。

台湾における債権回収の法的基盤と予備調査

台湾における債権回収プロセスを理解するには、まず台湾法体系における時効と証拠の概念を正確に把握し、法的手続に入る前の予備調査を徹底することが不可欠です。債権回収は時間との戦いであり、台湾民法における短期消滅時効の規定は日本の改正民法とは異なる構造を持っています。初動の遅れが権利の喪失に直結するため、注意が必要です。

台湾民法における消滅時効の体系とリスク管理

債権回収の実務において最優先で確認すべきは、その債権が時効によって消滅していないか、いつ時効が完成するかという点です。台湾民法における消滅時効は、権利を行使しない状態が一定期間継続することで請求権が消滅する制度です。時効期間は債権の性質によって細かく分類されています。

台湾民法第125条は、請求権の消滅時効について、法律に特別の定めがない限り15年間と規定しています。日本の旧民法における一般債権の時効(10年)より長く、個人的な貸借や特定の契約関係では比較的長い期間権利が保護されます。

ビジネス法務の観点でより重要なのは、民法第127条に規定された2年という極めて短い短期消滅時効です。この規定は、日常的な頻繁な取引から生じる債権について、法律関係を早期に確定させる趣旨で設けられています。

日本企業が特に注意すべきは、台湾企業への製品輸出による売掛金や、ソフトウェア開発・システム保守などの請負代金です。これらは2年の短期時効にかかる可能性が極めて高いといえます。たとえば、日本のIT企業が台湾企業からシステム開発を受託した場合、契約性質が請負と判断されれば報酬請求権は2年で時効にかかります。開発完了後に検収トラブル等で支払いが遅延し、漫然と交渉を続けていると、法的な権利を失うことになります。

債権の種類時効期間具体例根拠条文
一般債権15年個人的な貸借、特定の継続的契約など法律に特別の定めがないもの民法第125条
利息・賃料5年利息、配当、賃貸料、退職金など定期給付債権民法第126条
商事・専門業務2年商品の代価、請負人の報酬、運送費、飲食料など民法第127条

時効の中断措置と6ヶ月ルールの厳格性

時効の完成が迫っている場合、債権者は時効の中断措置を講じる必要があります。台湾民法では、請求(履行の催告)承認(債務の認容)起訴(訴訟の提起等)が時効の中断事由として挙げられています。即座に訴訟を提起する準備が整っていない場合、まずは内容証明郵便等による請求で時効を中断させることが一般的です。

ここに日本法とは異なる重要な注意点があります。台湾民法第130条によれば、請求による時効中断の効力は、その請求から6ヶ月以内に起訴等の強力な法的措置を執らなければ遡って消滅します。内容証明郵便を送ることはあくまで一時的な6ヶ月間の猶予を得る手段に過ぎません。その期間内に訴訟や支払督促の申立てを行わなければ、時効は中断しなかったものとして扱われます。

日本では催告から6ヶ月以内に訴訟等を提起すれば時効完成が猶予される規定がありますが、台湾法における規定はより遡及的かつ厳格な効果を持ちます。請求後のスケジュール管理は日本以上にシビアに行う必要があります。

台湾版内容証明郵便「存証信函」の戦略的活用

債権回収の第一段階として行われるのが、書面による正式な督促です。日本では内容証明郵便が広く利用されていますが、台湾にはこれに相当する存証信函という制度があります。台湾の中華郵政(郵便局)が、手紙の内容、差出人、受取人、送付日を公的に証明する制度であり、後の訴訟で極めて重要な証拠となります。

存証信函は単なる手紙ではなく、厳格な形式要件を備えた証拠文書です。郵便局は差出人が作成した文書の副本を保管し、正本を受取人に送達します。保管期間は3年間であり、訴訟において「いつ、誰が、誰に、どのような意思表示を行ったか」を立証する証明手段となります。

日本国内の郵便局から台湾企業宛に国際郵便として内容証明郵便を送ることも理論上は可能です。ただし日本の郵便局が証明するのは日本の郵便局に差し出された事実のみです。台湾国内での送達状況や台湾法における形式的要件を完全に満たすかは別問題となります。また日本の郵便局の印字が入った日本語の文書は、台湾の裁判官に対して異質な印象を与え、翻訳文の添付が必要となるなど手続的な煩雑さを招きます。

一方、台湾の弁護士名義で台湾国内の郵便局から発送される存証信函は、相手方に現地法に基づいた本格的な法的措置への移行を予感させる強力なプレッシャーとなります。

項目日本の内容証明郵便台湾の存証信函
証明機関日本郵便中華郵政(台湾の郵便局)
言語日本語(国内)中国語(繁体字)が原則
保管期間5年3年
主な機能意思表示の証拠化、催告意思表示の証拠化、時効中断の前提、訴訟証拠
台湾での効力翻訳が必要、送達証明が弱いそのまま証拠採用、現地法に完全準拠

台湾での資産保全:仮差押の要件とハードル

台湾での資産保全:仮差押の要件とハードル

督促を行っても相手方が支払いに応じない場合や、相手方が資産を隠匿・処分する兆候がある場合、訴訟等の本案手続に入る前に検討すべきなのが保全処分です。特に仮差押(假扣押)が重要な手段となります。

仮差押の要件と担保金の壁

台湾民事訴訟法に基づき、金銭債権の執行を保全するため、債権者は債務者の財産に対する仮差押を申し立てることができます。仮差押が認められるには、債権者は仮差押の原因を証明しなければなりません。具体的には、相手方が財産を浪費している事実、資産を隠匿しようとしている事実、逃亡の恐れなどを示すことが求められます。

日本企業にとって最大のハードルとなるのが担保金(供託金)です。台湾の裁判所は仮差押命令を発令する条件として、債権者に対し、債務者が被る可能性のある損害を担保するための保証金の提供を命じます。実務上の相場は請求債権額の概ね2割〜3割前後が多いですが、事案により異なります。

たとえば3,000万円の債権回収のために仮差押を行う場合、概ね約1,000万円の現金を台湾の裁判所に供託する必要があります。担保金は本案訴訟で勝訴すれば取り戻せますが、訴訟が長期化すればその間資金が拘束されます。

仮差押の戦略的効果

高いハードルがある一方で、仮差押の効果は絶大です。相手方の主要な銀行口座や重要な取引先に対する売掛金を凍結できれば、相手方の事業活動は停止寸前に追い込まれます。これにより相手方は訴訟で争うことを諦め、早期の和解や支払いに応じる可能性が飛躍的に高まります。IT企業の場合、受領済みの開発費が入金されている口座や、アプリストアからの入金口座などを特定して仮差押を行うことが有効な戦略となります。

台湾の支払督促制度:2015年改正の影響

相手方に争う姿勢が見られず、単に資金繰りの問題等で支払いが遅れている場合、通常の訴訟より簡易・迅速・低廉な手続として支払督促(支付命令)が利用されます。ただしこの制度は2015年に重大な法改正が行われており、日本法の知識だけで対応するとその効力を見誤る危険があります。

支払督促は、債権者の申立てに基づき、裁判所が債務者を審尋せず書面審査のみで支払いを命じる制度です。費用が一律500台湾ドルと非常に安価であり、債務者が送達を受けてから20日以内に異議を申し立てなければ確定します。

かつて台湾の支払督促制度は日本と同様に、確定すれば確定判決と同一の効力(既判力)を有していました。ところが詐欺グループが悪用するケースが社会問題化し、2015年に民事訴訟法が改正されました。現在の台湾法において、確定した支払督促は執行力のみを有し、既判力を持ちません。債権者がこれに基づいて強制執行を行うことは可能ですが、債務者は後からいつでも債務不存在確認訴訟を提起できます。強制執行の排除や不当利得の返還を求めることが可能です。

特徴民事訴訟(判決)支払督促(2015年改正後)
費用請求額の約1.1%〜一律500台湾ドル
審理口頭弁論あり(対審)書面審査のみ
確定の要件判決言い渡し20日以内の異議なし
既判力あり(蒸し返し不可)なし(後で争われる可能性あり)
執行力ありあり
適したケース争いがある案件、高額案件争いがない案件、少額案件

相手方が将来的に争う可能性が低い少額債権や、とりあえず執行権原を早期に得たい場合には支払督促が有効です。金額が大きく法的安定性を確保したい案件では、最初から既判力を有する判決が得られる民事訴訟を選択すべきでしょう。

台湾での民事訴訟:三審制とコスト構造

台湾での民事訴訟:三審制とコスト構造

交渉や支払督促での解決が困難な場合、最終的な解決手段として民事訴訟を提起します。台湾の民事裁判制度は日本と同様に、事実審である第一審・第二審と、法律審である第三審の三審制を採用しています。

訴訟費用と弁護士費用の構造

台湾の民事訴訟における裁判費用は、申立て時に原告が一時負担し、最終的には原則として敗訴者が負担します。費用は請求金額に応じてスライド制で算定され、第一審では請求額の約1.1%〜1.3%程度です。上訴審(第二審・第三審)ではその1.5倍の手数料が必要となります。この手数料は訴状提出時に納付しなければならず、未納の場合は訴えが却下されます。

日本企業が特に注意すべきは弁護士費用の扱いです。台湾法では第一審および第二審の弁護士費用は原則として訴訟費用に含まれず、敗訴者に転嫁できません。勝訴しても自社の弁護士費用は自己負担となります。第三審(最高法院)の弁護士費用のみが、法律審における専門家の必要性から訴訟費用の一部として認められています。訴訟の費用対効果を計算する際には、回収見込額から自社の弁護士費用を差し引いて判断する必要があります。

日本の判決の台湾での執行

日本企業の中には、契約書で東京地方裁判所などを専属的合意管轄裁判所としているケースも多いでしょう。この場合、日本で勝訴判決を得た後、その判決を使って台湾にある債務者の財産を差し押さえることが可能です。台湾の裁判所は相互保証(互恵原則)に基づき、日本の確定判決の効力を承認しています。ただしそのためには台湾の裁判所で執行許可判決を得るための訴訟を経る必要があります。日本の判決が台湾の公序良俗に反しないこと、被告への送達が適法に行われたことが審査されます。

まとめ

台湾企業に対する債権回収は、内容証明郵便(存証信函)による時効中断、仮差押による資産保全、支払督促や民事訴訟といった法的手段を、案件の性質や相手方の資産状況に応じて戦略的に組み合わせる必要があります。商事債権の2年という短期消滅時効、支払督促における既判力の欠如、仮差押における高額な担保金といった要素は日本法的な感覚とは異なるため、注意が必要です。

モノリス法律事務所は、IT・クロスボーダー法務の専門家として、台湾の椽智商務科技法律事務所と緊密に連携し、日本企業の権利を守るためのトータルサポートを提供します。現地の法制度に精通した弁護士チームが、督促状の作成から複雑な訴訟追行、強制執行に至るまで、貴社のビジネス実態に即した最適な解決策を提案・実行いたします。台湾での債権回収にお悩みの際は、ぜひ一度ご相談ください。

Contact お問い合わせ

日本語でのご相談が可能です。
台湾進出前のご相談から、進出後の法務対応まで幅広く対応しています。

ご相談・お問い合わせはこちら