中国語契約書 vs 英語契約書:台湾企業との取引で有利なのはどっち?

中国語契約書 vs 英語契約書:台湾企業との取引で有利なのはどっち?

多くの日本企業がグローバルなサプライチェーンの再構築を進める中で、台湾企業は半導体や高度IT技術分野における欠かせない戦略的パートナーとなっています。地理的な近さや親日的な土壌から、台湾市場への進出や台湾企業との取引は心理的なハードルが低いと考えられがちです。

しかし、ビジネスの現場で契約書の言語をどうするかという問題に直面した際、多くの企業が安易に英語を選択してしまうことで、後に重大な法的リスクを抱え込むケースが後を絶ちません。国際ビジネスの慣行として英語が共通言語であることは疑いようのない事実ですが、台湾という独自の法域においてはその常識が必ずしも通用しない場面が存在します。

台湾で主に使われる公用語は中国語(台湾華語・繁体字)であり、その司法制度は厳格に国語の使用を義務付けています。契約書が英語であるというただ一点において、紛争解決のスピードが鈍化しコストが増大します。最悪の場合は権利行使そのものが阻害されるリスクがあるのです。

本記事では台湾の法制度や裁判実務の現状を踏まえ、なぜ契約言語の選択が経営リスクに直結するのか、そして日本企業が採るべき最適な戦略について解説します。

台湾の司法制度における言語の壁と法的現実

台湾企業との取引において契約言語を選択する際、まず直視しなければならないのは台湾の裁判所が使用する言語に関する厳格なルールです。契約自体は当事者間の合意によって成立しますが、万が一トラブルが発生しその解決を国家権力である裁判所に委ねる場合、そこには裁判所の言語という絶対的なルールが適用されます。

台湾の裁判所組織法により、法廷では『国語(標準中国語)』の使用が規定されています。そのため、国際取引において英語で作成された契約書であっても、証拠として提出する際には繁体字による中国語訳の作成が法的義務となります。近年、知的財産及び商業裁判所において英語審理の可能性が模索されていますが、依然として全文書の中国語化が原則です。

日本企業が「国際契約だから英語で問題ない」と考えていても、台湾の司法システムに入った瞬間、その英語の契約書は翻訳というプロセスを経なければ法的効力を発揮する土台に乗りません。この現実は単なる手間の問題にとどまらず、紛争解決の行方を左右する決定的な要因となり得ます。

台湾における外国語契約書が招く翻訳義務とコスト負担

台湾における外国語契約書が招く翻訳義務とコスト負担

英語で作成された契約書を台湾の裁判所に証拠として提出する場合、避けて通れないのが翻訳の義務です。台湾の民事訴訟法および関連規則において、外国語で作成された文書を提出する際には中国語の翻訳文を添付することが実質的に義務付けられています。これは裁判官が文書の内容を正確に理解し、証拠として採用するための必須条件です。

日本企業が原告として台湾企業を訴える場合、契約書本体はもちろんのこと、交渉過程で交わされた膨大なメール、仕様書、覚書、議事録など、証拠となるすべての外国語文書を中国語に翻訳する必要があります。これにかかる費用は一時的には申立人である日本企業が負担しなければならず、専門的な法律文書の翻訳料は極めて高額になる傾向があります。

さらに深刻なのは翻訳の質が新たな争点となるリスクです。被告側から「翻訳が不正確だ」「ニュアンスが違う」といった異議が出された場合、裁判所は中立的な鑑定人を選任して再翻訳を行わせることがあります。これにより訴訟が数ヶ月単位で遅延することも珍しくありません。英語契約書を選択することは、こうした見えないコストと時間の浪費を覚悟することと同義と言えるでしょう。

台湾法における真意探求と契約解釈のリスク

契約言語の選択は、裁判官による条項の解釈にも深刻な影響を及ぼします。台湾民法第98条には、意思表示の解釈においては文言の字義通りの意味に拘泥してはならず、当事者の真意を探求しなければならないという原則が定められています。これは契約書に書かれた文字だけでなく、当事者がどのような意図で合意に至ったかという背景事情を重視する考え方です。契約書が中国語で書かれていれば、その文言が現地の商習慣や法的文脈の中でどのような意味を持つかは裁判官にとって自明です。当事者の真意も正確に伝わりやすくなります。

しかし英語契約書の場合、裁判官は英語の文言と台湾企業側の理解との間にズレがないかを慎重に判断しようとします。ここで台湾企業側が「英語が不得手で内容を誤解していた」と主張した場合、裁判所がその主張を汲み取るリスクが生じます。英語の文言よりも台湾企業側の認識(中国語での交渉内容など)を優先して認定される可能性があるのです。つまり英語契約書は、日本企業が意図した通りの法的効果を保証しない可能性があります。

また英米法をベースにした英文契約書の概念が、大陸法の系統に属する台湾法の下で正しく機能しないケースもあります。英米法の約因(Consideration)という概念は台湾法には存在しません。損害賠償の予定や違約罰に関する規定も、台湾法の解釈によっては無効とされたり減額されたりすることがあります。法体系の違いと言語の違いが重なり合うことで、法的安定性が大きく損なわれる危険性があるのです。

台湾における言語優先条項の限界

英語と中国語の対訳形式で契約書を作成し、「不一致がある場合は英語を優先する」という条項を入れることでリスクを回避しようとする企業も少なくありません。しかしこの方法も万能ではありません。実務上、裁判官は母国語である中国語版の条項を読み、そこから心証を形成する傾向があります。

たとえ英語優先条項があったとしても、中国語版が存在しそこに署名がなされている以上、相手方は「中国語版の内容で合意した」と主張する余地が残ります。前述の真意探求の原則に基づき、裁判所が「実質的な合意は中国語版にあった」と判断すれば、英語優先条項の効力が制限される可能性があります。

英語のみで契約書を作成した場合、裁判所での扱いとしては全文翻訳が必須となりコストと時間が大きくなります。誤訳や概念の不一致リスクが高く、相手方も抵抗感がありレビューに時間がかかります。作成時は安価ですが紛争時に高額化します。

中国語のみで契約書を作成した場合、そのまま証拠採用され即効性が高いです。裁判官が直接解釈可能で最も法的安定性が高く、相手方の受容性も高く決裁スピードが速いです。作成時に専門家費用が必要ですが紛争時は安価です。

英中併記の場合、中国語部分が参照され不一致は争点化します。真意探求により中国語が優先される可能性があり、受容性は高いものの不一致のリスクが残ります。翻訳・調整により作成コストが高くなります。

台湾における裁判例に見る言語リスクの深刻さ

台湾における裁判例に見る言語リスクの深刻さ

実際の裁判例を見ても、言語の不備が致命的な結果を招いたケースが存在します。ある英国企業が台湾企業の英国子会社と契約を結び、台湾の親会社が連帯保証人となった事件では、契約書上の保証人名が英語の通称で記載されていました。債務不履行発生後、英国企業は勝訴判決を得て台湾での強制執行を試みましたが、台湾の裁判所は執行を認めませんでした。その理由は、台湾親会社の正式な登記名称と契約書上の通称が異なり、別人格であると判断されたからです。英語の通称と現地の正式名称の不一致という単純なミスが、巨額の債権回収不能という結果を招いたのです。

また知的財産裁判所における別の事件では、契約解釈において英語の条項だけでなく、交渉過程における中国語でのやり取りが詳細に検討されました。裁判所は契約書の文言に縛られず当事者の真意を探求する姿勢を鮮明にし、結果として英語契約書の文言とは異なる解釈が採用される可能性が示されました。

これらの事例は、契約書における言語の正確性と現地法に基づいた厳密な記載がいかに重要かを物語っています。

台湾のIT・技術分野における特有のリスクとスピード勝負

IT企業や半導体関連企業にとって、契約言語の問題は技術的な定義やスピード感にも直結します。ソースコード、バグ、検収といった技術用語の定義が、英語の契約書と現場の中国語の認識とで食い違っている場合、納品段階で深刻なトラブルに発展することがあります。

たとえば契約書では厳密に定義されたバグが、現場ではより広範な不具合として扱われ、修正義務の範囲を巡って対立するといったケースです。重要な技術用語には必ず中国語の対訳を併記することで、こうした認識ギャップを防ぐ必要があります。

さらに知的財産権の侵害や営業秘密の漏洩が発生した場合、被害拡大を防ぐためには一刻も早い仮処分(差止命令)の申立てが必要です。契約書が中国語で作成されていれば、翻訳や公証の手続きを省略して即座に裁判所へ申し立てることが可能です。しかし英語契約書の場合は翻訳と認証に数週間を要することもあります。このタイムラグの間に証拠隠滅や資産逃避が行われるリスクを考えれば、中国語契約書が持つスピードという利点は法的リスク管理において極めて大きな価値を持ちます

まとめ

台湾企業との取引において契約言語の選択は単なる翻訳の問題ではなく、事業の法的安全性とスピードを左右する経営判断です。裁判所での執行力、紛争解決の迅速さ、そして誤解のない合意形成を最優先するならば、中国語(繁体字)で契約書を作成することが最も低リスクかつ合理的な選択肢と言えます。

英語契約書を使用せざるを得ない場合でも、正式名称の漢字表記や技術用語の対訳併記、送達条項の工夫など、現地法を見据えた防衛策が不可欠です。モノリス法律事務所はIT・テクノロジー法務に特化した専門性を持ち、台湾の法務に精通した椽智商務科技法律事務所と強力に連携しています。この日台の法務エキスパートによるワンストップ体制により、ビジネスのスピードを損なうことなく、台湾の法令や裁判実務に完全に対応した契約戦略の立案から、現地での登記、訴訟対応までを一貫してサポートすることが可能です。

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