台湾法体系の基礎と日本法との比較|日本企業が知るべき実務上の違い

台湾法体系の基礎と日本法との比較|日本企業が知るべき実務上の違い

多くの日本企業にとって、台湾は心理的にも地理的にも最も近い海外進出先の一つです。1895年から1945年までの日本統治時代の歴史的経緯、そして戦後のドイツ法継受という共通の法学的ルーツにより、台湾の法体系は形式的には日本法と双子のような類似性を持っています。六法全書の体系、条文の構成、漢字の法用語に至るまで、日本の法務担当者が台湾の契約書や法令を目にしたとき、既視感と安心感を抱くのは無理からぬことでしょう。

しかし、IT・インターネットビジネスの最前線で数多くのクロスボーダー案件を手掛ける中で、この法的な親和性こそが日本人経営者を油断させ、取り返しのつかない紛争へと誘い込む最大の罠であると私たちは考えています。表面的な条文の類似性の裏側では、行政権による強力な法解釈の支配、欧米型スタートアップ・エコシステムの浸透による契約概念の変容、そして知的財産紛争における世界最高水準のスピード裁判といった、日本とは全く異なる法的ダイナミズムが駆動しています。

本稿では、台湾法体系の基礎構造を俯瞰しつつ、日本人経営者が見落としがちな行政解釈(函釈)の法的拘束力、知的財産及び商業法院(IPCC)の処理速度、そして現代台湾IT業界における契約実務の変容について、日本法との比較を交えて解説します。

台湾法体系の二重構造|大陸法の外観と行政国家の実態

歴史的背景と日本法との類似性

台湾の法制度は、日本と同様に大陸法系(Civil Law System)に属します。成文法が第一次的な法源であり、判例法主義を取る英米法系とは根本的に異なる構造です。

権利能力、意思表示、不法行為、債務不履行といった民法の基本概念は日台間でほぼ共通しています。台湾の民法、刑法、商事法の多くは明治・大正期の日本法やドイツ法をモデルとしており、日本の法律家であれば条文を読むだけで大枠の意味を把握できます。また、判例の積み上げを待たずとも六法全書を参照することで一定のルールを確認できるという安心感もあります。

しかし、こうした類似性はあくまで静的な条文上の話に過ぎません。動的な法の運用、特に行政機関と法令の関係性において、台湾は日本とは異なる独自の進化を遂げています。

行政による解釈通達(函釈)の支配的拘束力

日本法と台湾法の運用における決定的な乖離点が、行政機関が発出する解釈通達(函釈:Han-Shi)の実務上の地位です。

函釈とは、行政機関が法律の条文を具体的な事案に適用する際に行う解釈や、下級機関に対する指揮監督のために発する命令・通達を指します。日本の行政法学における通達や行政指導に相当するものですが、台湾の実務においてはこれが事実上の法源として機能しています。

台湾の行政手続法(行政程序法)では、上級機関が下級機関に対して発する解釈基準や裁量基準を定めています。形式的にはこれらは行政内部の規律であり、国民や裁判所を直接拘束するものではありません。しかし実務の現場では全く異なる風景が広がっています。

日本の行政指導との決定的な違い

日本において行政指導はあくまで任意の協力を求めるものであり、それに従わなかったとしても直ちに違法とはなりません。また、裁判所は行政の解釈に拘束されず、独自の法的判断を下すことが原則です。

一方、台湾では特に高度な専門性が求められる領域において、裁判所が所管官庁の函釈を極めて尊重する傾向があります。医療、税務、環境、労働、IT/FinTechなどの分野では、函釈が事実上の判断基準として採用されることが顕著です。

日本の行政指導・通達は行政手続法に基づくものの法的拘束力はなく、裁判所は行政解釈に拘束されずに独自判断を行います。実務的にはガイドライン・推奨事項として扱われます。これに対し台湾の函釈は行政程序法第159条に基づく行政規則であり、専門的領域では裁判所が行政解釈を高度に尊重・追認する傾向にあります。函釈番号で管理されデータベース化されており、違反すれば違法認定されるリスクが高いため、事実上の法として機能しています。

グレーゾーンビジネスにおける具体的リスク

例えばヘルスケアアプリや遠隔医療サービスを展開しようとするスタートアップ企業を想定してください。あるサービスが医療行為に該当するか否かという法的判断において、台湾の裁判所や検察は法律の条文よりも衛生福利部が過去に出した函釈を根拠に違法性を判断することが一般的です。条文上は合法に見えても、過去の膨大な函釈の中に一つでも不利な解釈が存在すれば、ビジネスは即座に停止に追い込まれるリスクがあります。この函釈のリスクを管理するためには、単なる法令調査では不十分です。現地の提携法律事務所は、国家発展委員会(NDC)が設置する法規制調整プラットフォームなどを活用し、所管官庁から公式な見解を引き出すための行政折衝に長けています。私たちは、日本のビジネスモデルを法的観点から正確に翻訳し、現地パートナーを通じて台湾当局に適切な解釈を促すためのロジックを構築します。

台湾の知的財産及び商業法院(IPCC)の衝撃的なスピード

台湾の知的財産及び商業法院(IPCC)の衝撃的なスピード

IPCCの設置と商業事件審理法の革新

日本企業が台湾進出において最も警戒すべき変化の一つが、司法制度の劇的な効率化と専門化です。海外の裁判は時間がかかるという常識は、現在の台湾においては完全に過去のものとなりました。その象徴が、2021年7月に発足した知的財産及び商業法院(Intellectual Property and Commercial Court、以下IPCC)です。

台湾は2008年に知的財産法院を設立し、知財紛争の専門処理を進めてきました。2021年にこれをさらに強化し、大規模な商業紛争も統合して管轄するIPCCへと再編しています。

二審制による圧倒的なスピード

通常の民事訴訟は三審制(地裁→高裁→最高裁)ですが、IPCCが管轄する重大な商業事件(訴額1億台湾ドル以上など)については二審制が採用されています。IPCCが一審、最高法院が二審となります。

IPCCにおける第一審の平均審理期間は、知的財産事件や商業事件を含めても平均265日で完結しています。日本の知財訴訟や大規模商事訴訟が数年に及ぶケースも珍しくない中、このスピードは驚異的です。

権利者(原告)にとっては侵害行為を迅速に差し止められる強力な武器となります。一方で被告となった企業にとっては、十分な防御準備をする間もなく判決が下されるリスクがあります。

IPCCでは当事者に対して電子ファイリングシステムを通じた書面提出を義務付けるなど、徹底したIT化が進められています。証拠データの提出や期日の進行もデジタルベースで行われるため、アナログな対応をしている企業は手続きの面で不利益を被る可能性があります。

弁護士強制主義と専門家の必須性

IPCCの手続における最大の特徴の一つが、弁護士強制主義の導入です。日本の民事訴訟では本人訴訟が可能ですが、台湾のIPCCが扱う事件のうち、「知的財産に関する民事事件」については原則として当事者は弁護士を選任しなければなりません。

これは、高度に専門的な知財・商業紛争において、素人の訴訟追行による遅延を防ぐための措置です。さらに技術的な争点については技術審査官が裁判官を補佐するため、弁護士にも高度な技術理解が求められます。

知的財産権侵害に対する高額賠償

IPCCの運用において日本企業が特に留意すべきは、知的財産権侵害に対する損害賠償認定の厳しさです。

任天堂「ポケモンGO Plus」模倣品事件(知的財産法院/2020年2月27日判決、109年度附民字第1号)では、被告がオークションサイトでポケモンGO Plusの模倣品を販売した商標権侵害が問題となりました。裁判所は被告に対し、小売単価の600倍に相当する金額(約33万台湾ドル)の損害賠償支払いを命じています。

台湾商標法第71条第1項第3号は、侵害品の小売単価の1500倍以下の範囲で賠償額を算定できると規定しています。日本の商標法や特許法における損害賠償は実損填補(逸失利益やライセンス料相当額)が原則であり、このような懲罰的要素を含む倍率計算による賠償が認められることは極めて稀です。台湾では悪質な侵害に対しては容赦のない賠償が命じられるため、知財コンプライアンスの不備は企業の存続に関わる財務リスクとなります。

TSMC事件において、台湾最高法院は、契約上の競業避止期間の解釈において実質的な判断を下し、営業秘密保護の観点からライバル企業への転職を事実上封じました。日本では職業選択の自由が重視され、競業避止の有効性は慎重に判断されますが、台湾では『国家の経済安全保障』の観点から、ハイテク分野の営業秘密保護に対して極めて厳格かつ実効的な法的保護を与える傾向があります。

台湾でのビジネス展開においてIPCCは最強の盾にも最凶の矛にもなり得ます。現地の提携法律事務所はIPCCでの訴訟実務に精通しており、特に技術審査官に対するプレゼンテーションや電子証拠開示への対応において強みを発揮します。

台湾IT業界における契約文化の変容

台湾IT業界における契約文化の変容

関係(Guanxi)から契約(Contract)へ

かつての中華圏ビジネス、そして現在でも伝統的な産業においては、人間関係やコネクションを重視する関係(Guanxi)が取引の基盤でした。契約書は形式的なものであり、トラブルはトップ同士の話し合いで解決するという文化は、日本企業の誠実協議条項と高い親和性を持っていました。しかし現在の台湾IT・スタートアップ業界において、このGuanxi神話は崩壊しつつあります。

契約の欧米化とVCの影響

その背景には、台湾のスタートアップ・エコシステムがシリコンバレーと深く結びついている事実があります。海外のベンチャーキャピタルから資金調達を行う台湾スタートアップは、英米法に基づく厳格な投資契約書や株主間契約を締結することを求められます。これにより経営者層の契約に対する意識は、日本以上に欧米化・厳格化しています。

また、Apple、Google、NVIDIAといったグローバルテック企業のサプライチェーンに組み込まれる台湾企業は、極めて詳細な免責条項や表明保証を含む契約に署名させられます。これに対応できない企業は淘汰されるため、契約リテラシーは必然的に向上しています。

労働契約における名称と実態の乖離リスク

IT企業が特に注意すべきは、人材採用における契約形態です。台湾では雇用契約、委任契約、請負・独立業務委託の3つの類型が厳格に区別されます。

雇用契約は労働基準法が適用され、解雇規制が厳格で残業代・退職金が必須となります。日本企業が安易に業務委託として契約しても、実態が指揮命令下にあれば雇用とみなされ、巨額のバックペイを命じられるリスクがあります。

委任契約は民法上の委任であり、取締役やカントリーマネージャー等、裁量権がある役職に用いられます。労働基準法の一部適用外となりますが、権限の範囲が不明確だと後に実は雇用であったとして労働訴訟に発展するケースが多発しています。

請負・独立業務委託は成果物に対する対価であり指揮命令がないことが前提です。しかし偽装請負と認定されるリスクが常にあり、職務記述書(Job Description)の明確化が必須となります。

日本企業でよく見られる「とりあえず業務委託で様子を見る」というアプローチは、台湾の労働当局や裁判所には通用しません。経験豊富な現地事務所による契約書のレビューは、単なる翻訳チェックではなく、こうした実態認定リスクを排除するために不可欠です。

データ保護法の厳罰化|台湾PDPA改正のインパクト

データ保護法の厳罰化|台湾PDPA改正のインパクト

2023年・2025年改正の概要

ITビジネスにおいて避けて通れないのが個人情報保護規制です。台湾の個人情報保護法(PDPA)は、2023年および2025年の改正により世界でもトップレベルの厳罰化が行われました。

従来、台湾の個人情報保護行政は各事業の所管官庁がバラバラに行っていましたが、GDPRへの適合性を高めるため独立した監督機関である個人情報保護委員会(PDPC)が設置されました。これにより法執行が一元化され、監視の目がより厳しくなっています。

改正PDPAでは、民間企業がセキュリティ義務違反により情報漏洩を起こし期限内に是正しなかった場合、または情状が重い場合、最大1,500万台湾ドル(約7,000万円)の過料が科される可能性があります。さらに営利目的での個人情報不正利用に対しては、5年以下の懲役および100万台湾ドル以下の罰金という刑事罰も規定されており、経営者個人の法的責任が問われます。

日本の個人情報保護法との比較

日本の個人情報保護法と比較して、台湾PDPAには特有の厳しさがあります。

データ漏洩通知義務について、日本では努力義務にとどまるケースでも、台湾PDPA第12条は原則として本人への通知を義務付けています。さらに改正法では一定の基準を超える漏洩についてPDPCへの報告義務が課され、そのタイムラインは極めてタイトに設定される傾向にあります。

また、PDPAはデータ主体による集団訴訟(クラスアクション)を認めており、損害賠償額の上限は総額2億台湾ドル(約9億円)とされています。事実認定によってはこれを超える可能性も指摘されています。

ITサービスを台湾市場に投入する際、サーバーが日本にあろうと台湾居住者のデータを処理する限りPDPAが適用されます(域外適用)。日本のプライバシーポリシーを翻訳しただけでは、通知義務や権利行使の手続きにおいて不備が生じ、即座に法違反となるリスクがあります。

まとめ|台湾法務は総合格闘技である

台湾の法体系は、日本の旧法やドイツ法を基礎とする親和性を持ちながらも、実務レベルでは全く異なる進化を遂げています。

行政解釈(函釈)の優越により、法令の空白を埋める行政の裁量がビジネスの適法性を左右します。司法の高速化(IPCC)は、準備不足の日本企業を置き去りにする世界最速レベルの知財・商業裁判を実現しています。契約文化の厳格化により、Guanxiに依存しない欧米型契約実務への移行が進んでいます。そしてPDPA改正に見られるようなグローバル水準の制裁リスクも存在します。

これらは全て、日本人経営者が陥りやすい「台湾は日本と似ているから安心だ」という予断を打ち砕くものです。台湾でのビジネス法務は、大陸法の知識に加え、行政法の実務感覚、英米法的な契約交渉力、そして最新のテクノロジー規制への理解を同時に要求される総合格闘技と言えます。

このような複雑な台湾法務のジャングルを切り抜けるためには、単なる言語の翻訳者ではなく、法文化とビジネスロジックの翻訳者が必要です。

私たちモノリス法律事務所は、日本のIT・インターネット・ビジネス法務に特化し、先端技術企業の成長を支えてきた実績があります。台湾におけるパートナーである椽智商務科技法律事務所(WiseBeamLaw)は、企業法務・スタートアップ、国際貿易・海事商務、OEM産業・電子商取引の分野で台湾国内でも卓越した専門性を持つブティック・ファームです。欧米型契約実務とVC対応のプロフェッショナルであり、グローバルサプライチェーンと物流リスクの管理、台湾製造業の心臓部における知財戦略に精通しています。

椽智商務科技法律事務所は台湾の函釈の迷宮を解読し、IPCCでのタフな訴訟を勝ち抜くための現地の知見を有しています。一方、モノリス法律事務所は日本の経営者が直面する課題や日本法とのギャップを正確に理解し、椽智商務科技法律事務所の専門的なアドバイスを日本企業の意思決定に直結する形へと翻訳し、戦略に落とし込みます。このIT専門性と現地最強パートナーのタッグこそが、貴社の台湾ビジネスを成功に導くための羅針盤となります。

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