生成AIと著作権:台湾智慧財産局の見解と実務対応
生成AI技術の爆発的な普及に伴い、日本企業による台湾市場への進出や、台湾の高度な半導体・IT産業との協業は新たな局面を迎えています。台湾はハードウェア製造の集積地であるだけでなく、近年ではAIソフトウェアやデータセンターの拠点としても注目されています。しかし、日本企業がこのAI先進地・台湾でビジネスを展開する際、最も警戒すべきは技術的な障壁ではなく、日本とは根本的に異なる著作権法制です。
日本は2018年の著作権法改正により、第30条の4という世界的に見ても極めて先進的かつ柔軟な権利制限規定を導入しました。営利・非営利を問わず、AIの機械学習を目的とした著作物の利用が原則として適法とされ、開発環境が整備されています。多くの日本企業はこの日本基準の感覚を持ったまま海外展開を検討しがちですが、ここに重大な落とし穴が存在します。台湾の著作権法には、現時点(民国115年/西暦2026年)において、日本の第30条の4に相当するような、AI学習のための包括的な免責規定は存在しません。台湾でAI開発や学習データの収集を行う場合、その行為は原則として著作権者の許諾を必要とし、無断で行えば民事上の損害賠償請求のみならず、日本にはない厳しい刑事罰のリスクに直面することになります。
本記事では、台湾における生成AIと著作権法を巡る最新の法的論点について解説します。特に、台湾経済部智慧財産局(TIPO)が民国114年(西暦2025年)に相次いで発出した行政解釈や、注目すべき裁判例である「Lawsnote事件」を詳細に分析し、日本法との構造的な違いと、日本企業が採るべき具体的な実務対応を提示します。
目次
台湾と日本のAI法制における根本的相違
AIビジネスにおいて、日本と台湾の法制度を分かつ最大のポイントは、学習段階における著作物利用の法的根拠です。日本の著作権法第30条の4は、著作物に表現された思想または感情の享受を目的としない利用について、著作権者の利益を不当に害しない限り、許諾なく利用できると定めています。日本のAI開発者は、ウェブ上の画像やテキストを収集し、解析・学習する行為を適法に行うことができます。
一方、台湾の著作権法には、情報解析(TDM)に関する明文の権利制限規定がありません。台湾政府や智慧財産局(TIPO)は、AI技術の発展とクリエイターの権利保護のバランスを模索しており、TDM例外規定の導入も議論されていますが、民国115年(西暦2026年)現在、法改正には至っていません。台湾において他人の著作物をAI学習に利用する場合、原則として著作権者から個別に同意またはライセンスを取得するか、著作権法第65条第2項に定める合理的利用(Fair Use)の抗弁が成立することを証明する必要があります。
日本企業が台湾でAIビジネスを行う際、法的安定性を欠く要因となるのが、この合理的利用の判断です。台湾の著作権法第65条第2項は、米国の著作権法第107条と同様に、4つの要素を総合的に考慮して、著作物の利用が公正であるかを判断すると定めています。
日本と台湾の判断基準の違いを整理すると、以下のようになります。
| 判断要素 | 日本(著作権法第30条の4) | 台湾(著作権法第65条第2項) |
| 利用の目的と性質 | 営利・非営利を問わず、情報解析目的であれば原則として利用可能 | 商業目的である場合、合理的利用と認められる可能性が低くなる傾向がある |
| 著作物の性質 | 事実データか創作的表現かを問わず、広範に利用が認められる | 創作性の高い著作物(芸術作品等)の利用は、保護される傾向が強くなる |
| 利用の質量 | 解析目的であれば、著作物の全体を利用することも可能 | 利用部分が著作物の核心である場合、侵害と判断されやすくなる |
| 市場への影響 | 通常の利用市場と競合しない限り、許容される | 著作物の現在および潜在的な市場価値を害する場合、厳しく制限される |
特に重要なのが利用の目的と市場への影響です。日本企業が台湾で行うAI開発は通常、商業目的であるため、第1要素において不利な評価を受ける可能性が高まります。また、第4要素についても、特定のイラストレーターの作品を大量に学習させ、その画風を模倣するAIサービスを提供した場合、そのイラストレーターへの制作依頼が減少する市場代替効果が生じるとして、合理的利用が否定されるリスクが極めて高いと言えます。
TIPOは、AI学習のための著作物利用が第65条の合理的利用に該当するか否かについて、個別の事案ごとに司法機関が事実認定を行うべき事項としており、行政としての一律の適法性を保証していません。つまり、日本における原則適法という安心感は台湾には存在せず、常に訴訟リスクと隣り合わせの状態で開発を進めなければならないのが実情です。
台湾における学習データの法的性質と重製権侵害リスク

AIの技術的プロセスにおいて、学習とは、データの収集、前処理、そしてモデルへの入力とパラメータ調整という工程を経ます。TIPOは、著作物をデジタルデータとして蓄積し、メモリ上で処理する行為は、著作権法上の重製(日本法における複製)に該当すると明確に解釈しています。
民国114年(西暦2025年)8月29日付のTIPO電子メール回答において、TIPOは、AIモデルの学習結果自体は数学的なパラメータや重みの集合体であり、元の著作物の表現を含まない場合があるとしても、その訓練過程においては、データの収集や前処理において原始データの重製行為を伴うため、合理的利用に該当しない限り、著作権者の同意が必要であると述べています。
この解釈は、AIモデルの完成品(出力)が既存の著作物に似ていなければ問題ないという結果オーライの考え方を否定するものです。たとえ出力物が非侵害であっても、開発段階で行われたデータのコピー行為そのものが独立して著作権侵害(複製権侵害)を構成し得るという点に、日本企業は最大限の注意を払う必要があります。
また、台湾の著作権侵害リスクを検討する上で、避けて通れないのが刑事罰の存在です。日本では、著作権侵害に対する刑事罰は原則として親告罪であり、企業間の紛争においては民事的な解決が主となるのが通例です。台湾では著作権侵害に対する刑事訴追が積極的に行われており、経営者個人が実刑判決を受けるケースも珍しくありません。
Lawsnote事件からの教訓
その象徴的な事例が、台湾のリーガルテック企業「Lawsnote」を巡る著作権侵害事件です。同社が競合のデータベース「法源(Lawbank)」から、スクレイピング技術を用いて「法令の沿革」や「判決要旨」などのデータを大量に収集した行為が問題となりました。
2025年6月の判決(新北地方法院 111年度智訴字第8号)において、裁判所は、単なる判決文そのものは保護対象外としつつも、法源社が独自に整理・編集した「法令の沿革」等は創意工夫が認められる「編集著作物」であると認定しました。その上で、Lawsnote社の創業者ら(被告人2名)に対し、著作権法違反によりそれぞれ有期徒刑(日本の懲役に相当)4年および有期徒刑2年の実刑判決を言い渡しました。また、法人としてのLawsnote社に対しても、約1億500万台湾ドルという巨額の損害賠償支払いが命じられています。
この判決は、たとえ一部が公的情報であっても、他社がコストをかけて構築したデータベースをAIや検索サービスのために大量に「重製」する行為は、台湾では極めて重い刑事責任を伴うリスクがあることを明確に示しました。経営者個人が実刑を課されるというこの厳格な運用は、日本企業にとってAI開発におけるデータ調達の安全性を再考させる深刻な警鐘となっています。
台湾におけるAI生成物の保護と侵害判断基準
AIが出力したコンテンツ(生成物)の法的地位について、TIPOは著作権法が保護するのは人間の精神的創作に限られるという原則を堅持しており、AIが自律的に生成したコンテンツには著作権が発生しないという見解を示しています。民国114年3月4日付の智慧財産権月刊記事等においても、AIはあくまで道具であり、著作者にはなり得ないとしています。単にプロンプトを入力しただけで得られた画像や文章は、原則として著作権法の保護対象とはなりません。
ただし、人間がAIを道具として利用し、生成プロセスにおいて創作的寄与を行った場合には、著作権が発生する余地があります。どのような行為が創作的寄与と認められるかについては、以下のような基準が考えられます。
| 行為の類型 | 著作権発生の可能性 | 理由 |
| 単純なプロンプト入力 | なし(パブリックドメイン) | 短い指示のみでは、人間の創作的意図が表現されたとはみなされない |
| 創作的な詳細プロンプト | あり得る(ケースバイケース) | 詳細な構成、色彩、画風などを指示し、試行錯誤を経て意図通りの作品を作り上げた場合、人間の思想感情の表現と認められる可能性がある |
| 生成後の加筆・修正 | あり(修正部分について) | AIが出力した画像に対し、Photoshop等で大幅な加筆・修正を行う行為は、人間の創作的寄与が明確 |
| 選択と配列 | あり(編集著作物として) | 多数の生成物の中から特定のものを選択し、ストーリー性を持たせて配置する行為は、編集著作物として保護される |
また、AI生成物が既存の著作物に類似してしまった場合、利用者は著作権侵害の責任を負う可能性があります。TIPOの民国114年6月25日付の電子メール回答によれば、生成AIモデルは学習データから抽象的な概念やスタイルを学習するものであり、特定の著作物をそのまま複製・コラージュするものではないため、生成物が特定の著作物と実質的類似性を持つ確率は低いとしています。しかし、その可能性を完全に排除することはできないとも明言しています。
侵害の判断基準は、従来の著作権侵害と同様に接触(Access)と実質的類似性(Substantial Similarity)です。もし、AI利用者が特定の作家の作品を意図的に学習させ、その画風や表現を模倣した画像を生成させれば、それは改作(翻案)または重製(複製)として侵害を構成します。TIPOは、生成AIツールの利用者が、生成結果について他人の権利を侵害していないか確認する義務を負うと警告しています。
台湾の最新行政解釈と政策動向:民国114年の視点

TIPOは民国114年(西暦2025年)に入り、AIに関する解釈を相次いで更新しています。これらの最新情報は、今後の実務の方向性を占う上で極めて重要です。
著作者人格権とディープフェイク
民国114年10月13日付の電子メールにおいて、TIPOはディープフェイク技術等を用いて既存の映像作品を改変する行為について、強い懸念を示しました。著作権法第17条は、著作者の同一性保持権を保障しており、著作物の内容、形式、題号を歪曲して著作者の名誉を害することを禁じています。AIを用いてキャラクターに本来とは異なる言動をさせたり、品位を損なうような改変を行うことは、財産権の侵害にとどまらず、著作者人格権の侵害となります。
パブリックドメインの活用
民国114年8月29日付の電子メールにて、TIPOは保護期間が満了した著作物の利用について回答しました。台湾の著作権法第34条により、写真著作物の保護期間は公表後50年です。民国115年(西暦2026年)時点では、民国64年(1975年)12月31日以前に公表された写真は既にパブリックドメインとなっており、誰でも自由にAI学習に利用できます。TIPOはこの回答を通じ、権利処理が不要な安全なデータセットとして、古い写真や古典文学の活用を示唆しています。
台湾政府のAI政策における立ち位置
TIPOが公表した資料「友善創作者之負責任AI發展(クリエイターに配慮した責任あるAI発展)」によれば、台湾は日本のようなAI開発優先の道を選ばず、クリエイターの権利保護と利益還元を重視する共存モデルを志向しています。具体的には、AI開発者がどのようなデータを学習に使用したかを開示する透明性の確保、クリエイターが学習への利用を拒否する権利(オプトアウト)や利用に対する適正な対価を得る仕組みの構築、そして権利侵害の防止といった施策が検討されています。
この政策方針からは、将来的な法改正においても、日本のような包括的な権利制限規定ではなく、より限定的な例外規定やライセンス市場の整備に向かう可能性が高いことが読み取れます。
日本企業が台湾進出時に講ずべき実務対応
以上の法的環境を踏まえ、日本企業は契約による防衛線の構築、学習プロセスのトレーサビリティ確保、そして現地弁護士による適法性リサーチという三つの側面から対策を講じる必要があります。
契約による権利義務の明確化
台湾企業とAI共同開発を行う場合や、台湾市場向けにAIサービスを提供する場合、契約書における権利義務の設計が最重要となります。学習データの提供者に対し、データが適法に取得され、第三者の権利を侵害していないことを保証させる表明保証条項や、万が一著作権侵害訴訟が提起された場合の責任の所在と費用負担を明確にする補償条項を盛り込むことが不可欠です。
可能であれば準拠法を日本法とし、管轄裁判所を日本の裁判所とすることが望ましいですが、台湾現地でのビジネス実態がある以上、台湾法の強行法規、特に刑事罰を回避することはできない点に留意が必要です。
学習プロセスのトレーサビリティ確保
著作権侵害を主張された際、唯一の対抗手段となるのが依拠性の否定です。TIPOが指摘するように、AI生成物が偶然似てしまった場合や、パブリックドメインを利用した結果である場合、それを証明する責任は開発者側にあります。そのため、いつ、どこから、どのようなデータを収集したかを示すデータセットの台帳、使用したモデルやプロンプトの記録、そしてAI出力後に人間がどのような加工を行ったかの修正履歴といった記録を厳格に管理する体制を構築することが求められます。
ウェブスクレイピングの慎重な実施
特に、ウェブスクレイピングを伴うデータ収集を行う場合、Lawsnote事件の教訓を忘れてはなりません。対象となるウェブサイトの利用規約を確認することはもちろん、そのデータ収集行為が編集著作権の侵害や、台湾の公平交易法違反に問われないか、事前に現地の法律専門家による意見書を取得することを強く推奨します。日本では許容される範囲であっても、台湾では刑事事件化するリスクがあることを常に意識する必要があります。
まとめ
生成AIを巡る法規制において、日本と台湾は対照的なアプローチを採っています。日本がイノベーションの促進を最優先し、大胆な権利制限を導入したのに対し、台湾は著作者の権利保護を基軸とし、慎重な議論を続けています。この法制度の違いこそが、日本企業にとって最大のリスクであり、同時に、適切な対応を行えば競合他社に対する参入障壁や優位性ともなり得ます。
台湾でのAIビジネスを成功させるためには、日本の法務感覚を捨て、台湾独自の法的・文化的背景を理解した上での戦略策定が不可欠です。しかし、言語の壁や頻繁に更新される行政解釈を、日本企業単独でフォローすることは容易ではありません。モノリス法律事務所は、IT・AI法務における知見を有しており、台湾の椽智商務科技法律事務所と強固なパートナーシップを結んでいます。椽智商務科技法律事務所は、台湾現地の法規制、TIPOの最新運用、そしてAI技術そのものに精通した弁護士・弁理士を擁するプロフェッショナル集団です。
私たちの連携により、台湾での現地法人設立、契約書のローカライズ、学習データ収集スキームの適法性リサーチ、そして万が一の紛争解決に至るまで、ワンストップでのサポートを提供可能です。貴社の革新的なAI技術を、台湾という魅力的な市場で安全かつ確実に展開するために、日台の法務エキスパートがビジネスの守りと攻めの両面から全力でサポートいたします。
河瀬 季
Toki Kawase
IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。
Contact お問い合わせ
日本語でのご相談が可能です。
台湾進出前のご相談から、進出後の法務対応まで幅広く対応しています。