台湾の暗号資産(VASP)規制:マネロン対策と登録義務化の現在地
台湾における暗号資産およびそのサービスプロバイダー(VASP)を取り巻く法規制は、歴史的な転換期を迎えています。かつては比較的自由な市場環境にあり、イノベーションの実験場としての側面が強かった台湾市場ですが、相次ぐ大規模な詐欺事件や国際的な資金洗浄対策の要請を受け、政府は規制の厳格化へと大きく舵を切りました。2024年後半に施行された改正マネーロンダリング防止法(洗銭防制法)と、それに続く新たな登録制度の導入により、台湾で暗号資産関連ビジネスを展開するすべての企業に対し、事業の根幹に関わるコンプライアンス対応が求められています。
本記事では、台湾の最新のVASP規制環境を網羅的に解説します。金融監督管理委員会(FSC)による指導原則の詳細、刑事罰を伴う登録義務化の実務的影響、日本法との比較を通じたリスク分析まで、現地法令と最新の動向に基づき、徹底的な分析を行います。
目次
台湾における暗号資産規制のパラダイムシフト
台湾の暗号資産規制は、日本のように資金決済法という単一の強力な業法によって早期からコントロールされてきたわけではありません。長らく暗号資産は商品としての性質が強調され、証券性トークン(STO)を除けば、金融規制の枠外にあるグレーゾーンが存在していました。2023年3月、行政院は金融監督管理委員会(以下FSCまたは金管会)を、金融投資や決済の性質を持つ暗号資産プラットフォームの主管機関として正式に指定しました。これまで複数の省庁にまたがっていた、あるいは管轄が曖昧であった暗号資産規制の責任の所在を一本化し、金融規制当局による直接的な監督下に置くことになりました。
FSCは2023年9月26日に暗号資産プラットフォーム及び取引業務事業(VASP)指導原則を策定・公表しました。このガイドラインは法律そのものではありませんが、実質的な規制基準として機能しており、事業者が遵守すべき重要項目を定めています。
日本企業が理解すべきは、台湾の規制が現在、マネーロンダリング防止法を法的根拠としつつ、指導原則によって業務の細則を規定し、さらに業界団体による自律規制によって補完するという、三層構造で成り立っている点です。
台湾VASP規制における制度変更の本質
これまでの台湾のVASP規制は、洗銭防制法令遵循声明(マネロン防止法令遵守声明)という制度に基づいていました。事業者がFSCに対してマネロン対策を講じている旨を宣言し、それが受理されれば営業が可能になる仕組みでした。2024年の法改正により、この制度は根本的に見直されました。
新たな制度では、事業者はFSCによる厳格な審査を経た上で登録(登記)を行わなければなりません。単なる手続きの変更ではなく、事業の適格性を審査されるライセンス制への事実上の移行です。日本の暗号資産交換業登録と同様に、財務基盤、人的構成、内部管理体制が詳細に精査されます。台湾市場は誰でも参入できる市場から、選ばれた適格者のみが活動できる市場へと変質しました。
台湾の2024年改正マネーロンダリング防止法と刑事罰の導入

日本企業が最も警戒すべき点は、規制違反に対するペナルティの厳格化です。2024年に改正されたマネーロンダリング防止法(洗銭防制法)第6条は、VASPに対する規制の強制力を劇的に高めました。改正法および関連規則によれば、FSCへの登録を行わずに暗号資産サービスを提供した事業者に対し、刑事罰が科されることになりました。具体的には、最長2年の有期徒役、拘留、または500万NTD以下の罰金が科される可能性があります。
日本の資金決済法においても、無登録で暗号資産交換業を行った場合には3年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金が科されます。台湾においても同様に、無登録営業は単なる行政処分(業務停止命令や過料)の対象ではなく、身体拘束を伴う犯罪として扱われます。経営者や役員が逮捕・起訴されるリスクがあり、コンプライアンスの不備が企業存続に関わる致命的な問題となります。
台湾VASP登記弁法における具体的要件の解説
FSCが定めたVASP登記弁法は、登録審査における具体的な基準を規定しています。FSCは暗号資産サービスを以下の5つのカテゴリーに分類し、それぞれの業務ごとに登録を求めています。
| 業務区分 | 内容 |
| 暗号資産交換業者(Exchange) | 暗号資産と法定通貨、または暗号資産同士の交換を行う業者 |
| 取引プラットフォーム(Trading Platform) | 顧客間の取引を媒介する、いわゆる取引所 |
| 移転業者(Transfer) | 顧客に代わって暗号資産を移転するサービス |
| 保管業者(Custodian) | カストディアン。顧客の暗号資産を管理・保管する業者 |
| 引受業者(Underwriter) | 新規発行される暗号資産の販売や引受を行う業者 |
日本の資金決済法では暗号資産交換業として包括的にライセンスが付与されますが、台湾では機能別に細分化されており、それぞれの業務特性に応じた内部管理体制が求められます。特に保管業者としての登録要件は、顧客資産の安全管理に直結するため、セキュリティ基準が厳格に適用されます。
台湾VASPの人的要件と欠格事由
登録申請においては、会社の代表者、取締役、および実質的支配者(UBO)が消極的資格要件(欠格事由)に該当しないことが審査されます。過去に組織犯罪や詐欺、マネーロンダリングに関連する犯罪歴がないことなどが含まれます。FSCは、申請者の背景調査を徹底して行い、反社会的勢力との関わりや、経営を行う上での資質に問題がないかを確認します。日本の金融庁による登録審査における人的構成の審査と同等の厳しさを持つものと考えられます。
台湾VASPの内部統制システムと情報セキュリティ要件
申請企業は、マネーロンダリング防止のための内部統制システムに加え、情報セキュリティ、顧客資産の分別管理、顧客保護に関する方針を策定し、それを実効的に運用できる体制を整備しなければなりません。内部統制システムについて、公認会計士による監査報告書の提出が義務付けられるケースもあります。
特筆すべきは、情報セキュリティ管理システム(ISMS)に関する要件です。日本でもシステムリスク管理態勢の整備は必須ですが、台湾では国際標準であるISO 27001等の取得が強く推奨され、場合によっては登録の前提条件として扱われる傾向にあります。
台湾FSCによるVASP指導原則と重要遵守事項

2023年9月に公表されたVASP指導原則は、登録審査のベースとなるだけでなく、日々の業務運営において遵守すべき規範です。
台湾VASPにおける顧客資産の分別管理義務
指導原則は、VASPが保有する自己資産と、顧客から預託された資産を明確に分離して保管することを義務付けています。顧客から預かった法定通貨は、銀行への信託、または銀行からの全額履行保証(Full Performance Guarantee)の取得が必須となります。日本の資金決済法における金銭信託義務と類似しており、VASPが破綻した際に顧客資金が他の債権者から守られる仕組みです。暗号資産についても、自己保有分と明確に区別して管理する必要があります。
台湾におけるステーブルコイン発行の制限
台湾のVASP指導原則では、ステーブルコインに関する包括的な制度はまだ整備されておらず、法定通貨に価値が連動する暗号資産(USDTやUSDCなど)の発行や取扱いについては、中央銀行や金融監督管理委員会(FSC)の追加的な規制の対象となる可能性があるとされています。特に、民間事業者による独自のステーブルコイン発行については、通貨政策や金融安定への影響が懸念されており、現時点では明確な許認可制度が存在していません。
日本では、2023年の改正資金決済法により、銀行、信託銀行、資金移動業者に限定してステーブルコイン(電子決済手段)の発行が認められています。一方、台湾では同様の法制度はまだ整備途上にあり、ステーブルコインの発行や関連ビジネスを行う場合には、今後の法整備や当局の方針を慎重に見極める必要があります。
台湾VASPにおける上場審査とリスティング基準
上場審査(リスティング)については、規制当局による事前承認制ではなく、VASPによる自主審査を基本としています。VASPは、取り扱う暗号資産について独自の審査基準を設け、ホワイトペーパーの内容を精査しなければなりません。指導原則では発行者がホワイトペーパーを公式サイトで公告していない場合、原則として上場させてはならないという具体的な禁止事項を設けており、上場後も定期的なモニタリングを行い、問題があれば上場廃止にする手続きを整備することが求められています。
台湾VASPにおけるデリバティブ商品の取扱禁止
VASPは暗号資産を原資産とするデリバティブ金融商品や、証券性質を持つ暗号資産業務を行ってはならないとされています。日本では、第一種金融商品取引業の登録を行えば暗号資産証拠金取引(レバレッジ取引)を提供することが可能です。台湾では現時点において、これら高度な金融商品の提供はVASPの業務範囲外とされており、違反すれば金融商品取引法(証券取引法)違反などに問われる可能性があります。
台湾の自律規制組織(VASP公会)の役割と実務規範
台湾の規制モデルの大きな特徴は、業界団体による強力な自律規制(Self-Regulation)が法規制と一体化している点です。2024年6月、中華民国仮想通貨商業同業公会(VASP公会)が正式に設立されました。VASP指導原則は、すべてのVASPに対し、この公会への加入と自律規範の遵守を義務付けています。VASP公会は、FSCの監督下で詳細な実務ルールを策定し、会員企業を監視・監督する権限を持っています。
公会の自律規範に違反した会員に対しては、警告、是正命令に加え、最大50万NTDの違約金、さらには除名処分を下すことができます。公会から除名されることは、指導原則違反となり、ひいてはFSCの登録維持要件を満たせなくなるリスクに直結するため、公会のルールは実質的な法律と同等の拘束力を持っています。
台湾VASPにおけるコールド・ホットウォレット保管比率
公会が策定した資産分離保管自律規範では、顧客資産の保全について、以下のように具体的な数値基準が設けられています。
| 事業者の状況 | コールドウォレット保管比率 | ホットウォレット保管比率 |
| 国際的資安認証(ISO 27001等)取得企業 | 70%以上 | 30%以下 |
| 上記認証未取得企業 | 80%以上 | 20%以下 |
日本では、JVCEAの規則により原則として顧客資産の95%以上をコールドウォレットで保管することが求められています。これと比較すると、台湾の基準(70〜80%)はホットウォレットでの運用余地が大きく、流動性管理の面で事業者にとって有利に見えるかもしれません。台湾の規範では、ホットウォレットで管理する資産のリスクヘッジとして、保険の加入や引当金の計上が強く推奨されており、さらにホットウォレット内で自己資産と顧客資産を混合保管する場合、自己資産の割合は当該ウォレット内の顧客資産の20%を超えてはならないという細かな制限も課されています。
台湾におけるトラベルルールの実装と国際送金の課題
マネーロンダリング対策の要となるトラベルルールについても、台湾では実装が進んでいます。トラベルルールとは、VASP間で暗号資産の移転を行う際、送金元の顧客情報と受取人の情報を相互に通知する義務のことです。日本と台湾の間で暗号資産を送金する場合、最大の問題となるのがトラベルルール対応ソリューションの互換性です。
現在、世界には複数の技術規格が存在しており、台湾のVASPが異なるソリューションを採用している場合、情報の自動転送が失敗し、送金が遅延・拒否されるリスクがあります。日本企業が台湾との間で資金移動を行う際は、送金先・送金元のVASPがどのプロトコルに対応しているか、またアンホステッド・ウォレット(個人管理ウォレット)への送金についてどのような制限を設けているかを事前に確認することが不可欠です。
台湾における司法判断の傾向と2026年を見据えた将来展望

台湾における規制強化の本気度を測る上で、近年の司法判断を見逃すことはできません。特にACE王牌交易所を巡る事件は、業界に大きな衝撃を与えました。ACE王牌交易所は台湾の大手VASPの一つでしたが、創業者が詐欺的な暗号通貨プロジェクトに関与し、投資家から巨額の資金を騙し取ったとして逮捕・起訴されました。台北地方裁判所における審理では、VASPの経営者がその社会的信用を利用して不正行為を行うことに対し、極めて厳しい司法判断が下される傾向にあります。
JPEX(無登録の海外取引所)事件においても、台湾の検察当局は有名インフルエンサーを含む関係者を積極的に摘発し、台湾国内での勧誘行為の実態を厳しく追及しました。これらの事例から、形式的な法令遵守だけでなく、実質的なビジネスの正当性が厳しく問われるフェーズに入ったと言えます。
台湾における暗号資産特別法の制定に向けた動き
現在のマネーロンダリング防止法+指導原則という規制枠組みは、あくまで過渡的なものです。台湾当局は、暗号資産を包括的に規制する特別法の制定に向けた準備を加速させています。FSCの委員長は、立法院(国会)における答弁で、早ければ2025年6月までに行政院へ特別法の法案を提出し、2026年以降の施行を目指すと明言しています。
この新法は、EUのMiCA(暗号資産市場規制)規則や、日本、シンガポールの法規制を参考に設計されており、ライセンス制度の法定化、ステーブルコインの法制化、市場操縦・インサイダー取引の規制、消費者保護の強化などが含まれると予想されます。この特別法が施行されれば、台湾の暗号資産市場は、現在の日本と同等かそれ以上に厳格な規制環境となる可能性があります。
まとめ
台湾の暗号資産規制は、急速に制度化と厳罰化が進んでいます。2024年の法改正による登録義務化と刑事罰の導入は、市場の健全化を促す一方で、参入企業に対して極めて高いレベルのコンプライアンスを要求しています。もはや海外だからなんとかなるという甘い見通しは通用しません。適切な法的手続きを踏み、信頼できる体制を構築した企業にとっては、透明性が高く、成長余地のある有望な市場であるとも言えます。
モノリス法律事務所は、IT・暗号資産分野に特化した高度な専門性を有し、台湾の法律事務所である椽智商務科技法律事務所と強固な連携体制を構築しています。現地の最新法令に基づく登録申請のサポート、法人設立、ビザ取得から、複雑なクロスボーダー取引のスキーム構築、さらには万が一の紛争解決に至るまで、台湾でのビジネス展開に必要なあらゆる法的支援をワンストップで提供することが可能です。変化の激しい台湾市場において、貴社のビジネスを安全かつ確実に成長させるためのパートナーとして、ぜひ我々の知見をご活用ください。
河瀬 季
Toki Kawase
IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。
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