台湾労働基準法の基本:雇用契約書で必ず定めるべき項目

台湾労働基準法の基本:雇用契約書で必ず定めるべき項目

日本企業による台湾進出が加速する中、現地法人の設立や駐在員事務所の開設に伴う人材の現地採用は、事業の成否を分ける極めて重要なプロセスです。日本と台湾は地理的な近接性だけでなく、歴史的背景からも商習慣において多くの共通点を有しています。しかし労働法の領域に関しては、両国の間には決定的な概念の相違と実務上の運用における大きな隔たりが存在します。

日本の労働法制の知識をベースに台湾での労務管理を行おうとすると、ここで言葉の壁以上に厚い法の壁に直面します。日本では一般的に行われている有期雇用契約の更新運用や、採用直後の試用期間における解雇の柔軟性は、台湾の労働基準法の下では法的有効性が厳しく制限される場合が多々あります。

本記事では、台湾労基法に基づく雇用契約書の作成実務を詳細に解説します。単なる条文の羅列にとどまらず、台湾労働部の行政解釈や最高法院の最新判例に基づき、実務で直面するリスクを浮き彫りにします。

台湾における労働契約の法的性質と日本法との構造比較

契約成立の要件:諾成契約と書面化の重要性

台湾における労働契約は、日本の民法第623条と同様に、当事者(使用者と労働者)の合意のみによって成立する諾成契約と解されています。口頭での「明日から来てください」「はい、働きます」というやり取りだけでも、法的には有効な労働契約が成立します。台湾の民法や労基法において、書面の作成は契約成立の絶対要件とはされていません。しかし実務上、特に日系企業を含む外資系企業において、詳細な条項を定めた書面による雇用契約書の作成は推奨の域を超え、必須の経営課題となっています。

その理由の一つは挙証責任の所在です。台湾の民事訴訟法第277条は、当事者が自己に有利な事実を主張する場合、その事実について証明する責任を負うと規定しています。賃金の計算方法や労働時間、解雇事由について労使間で紛争が生じた場合、明確な契約書が存在しなければ使用者は不利な立場に置かれます。台湾の労働裁判実務は労働者保護の傾向が強く、契約内容が不明確な場合は労働者に有利に解釈されるリスクが高まります。

また労働基準法施行細則による要請もあります。台湾労基法そのものには、日本のような労働条件通知書の交付義務に対応する直接的な罰則付きの規定はありません。しかし労基法の下位法令である労働基準法施行細則第7条において、労働契約に記載すべき事項が詳細に列挙されています。これは行政指導のレベルにおいて、労働条件の書面化と明確化を強く求めていることを意味します。

さらに労働条件の不利益変更防止の観点も重要です。台湾では一度合意された労働条件を労働者の不利益に変更することに対し、日本以上に厳格な制約があります。口頭契約で曖昧なまま雇用を開始し、後に就業規則で詳細を定めようとしても、それが労働者にとって不利益な内容であれば既得権の侵害として無効とされる可能性があります。入社時に書面によって詳細な労働条件を確定させ、合意を取り付けておくことが不可欠です。

日本の労働条件明示義務との比較

日本法との比較において、雇用契約書の位置づけを整理します。日本では労働基準法第15条および同施行規則第5条が根拠法となり、労働条件通知書(兼雇用契約書とすることが一般的)という名称で運用されています。絶対的明示事項の書面交付が義務であり、違反には30万円以下の罰金が科されます。記載事項は限定列挙(絶対的明示事項と相対的明示事項)です。

台湾では労働基準法第2条および同法施行細則第7条が根拠法となり、労働契約書という名称で運用されています。書面作成自体への直接的な罰則はありませんが、施行細則第7条で記載事項が指定されています。特定労働者(派遣等)には書面義務がある場合もあります。記載事項は包括的な列挙(全13項目、福利厚生や安全衛生含む)です。

日本企業が留意すべきは、日本では労働条件通知書を一方的に交付することでも法定義務を満たせますが、台湾では契約書として双方が署名・捺印を行う形式が一般的であり、証拠能力として強固であるという点です。

台湾の雇用契約書で必ず定めるべき項目:労基法施行細則第7条の詳解

台湾の雇用契約書で必ず定めるべき項目:労基法施行細則第7条の詳解

台湾の労働基準法施行細則第7条は、労働契約において約定すべき事項として13の項目を挙げています。これらは日本の絶対的明示事項よりも範囲が広く、福利厚生や賞罰についても言及されています。以下、各項目について法的留意点を解説します。

職場および従事すべき業務

どこで何をするかは労働契約の核となる要素です。日本でも近年、就業場所と業務の変更の範囲の明示が義務化されましたが(令和6年改正)、台湾においてもこの定義は極めて重要です。

契約書に記載された勤務地や業務内容を変更する場合、台湾では使用者の裁量は日本ほど広く認められていません。労基法第10条の1は、使用者が労働者を配置転換する際の調動五原則を定めています。企業の経営上必要であり正当な理由があること、労働賃金およびその他の労働条件が不利益に変更されないこと、新しい業務に必要な体力および技術を労働者が有していること、勤務地が遠隔地になる場合は使用者が必要な支援を提供すること、労働者およびその家族の生活上の利益を考慮することが求められます。

日本企業が作成する契約書によく見られる「会社は業務の都合により転勤を命じることがあり、従業員は正当な理由なくこれを拒めない」という包括的な条項だけでは、台湾の裁判所においては不十分と判断されるリスクがあります。契約書には将来的な勤務地変更の可能性を明記しつつも、実際の運用においては上記5つの原則を厳守する必要があります。特に家族の生活上の利益は、単身赴任などが一般的でない台湾において、転勤拒否の正当な理由となりやすいため注意が必要です。

労働時間および休憩

台湾の法定労働時間は日本と同様に1日8時間、週40時間です。しかし台湾では2016年の法改正以降、一例一休(完全週休二日制の厳格化)が導入されています。「例假」は日本の法定休日に相当し、原則として労働させることはできず、天災事変などの緊急時以外は出勤不可です。「休息日」は日本の所定休日に近いですが、出勤させた場合の割増賃金の計算率が極めて高く設定されています(最初の2時間は1.34倍、それ以降は1.67倍など)。

契約書においては、始業・終業時刻、休憩時間だけでなく、どの曜日が例假でどの曜日が休息日かを明確に特定しておくことが推奨されます。シフト制を採用する場合は、そのシフトの組み方や周知方法についても明記が必要です。

賃金(工資)の定義と範囲

台湾労基法第2条第3号において、「工資」とは労働の対価として使用者が労働者に支払う報酬、および現金または現物で支払われる賞与、手当、その他の名目で経常的に給付されるものと定義されています。最大のポイントは経常性です。名目が交通手当、住宅手当、職務手当であっても、それが毎月固定額で支払われていれば工資とみなされます。

工資とみなされるか単なる恩恵的給付とみなされるかの違いは、残業代の算定基礎や資遣費・退職金の算定基礎に直結します。工資に含まれる手当はすべて基礎時給の計算に算入しなければなりません。これを除外して基本給のみで計算すると、残業代未払いとなります。また資遣費や退職金は平均工資に基づいて計算されます。工資の範囲が広ければ広いほど、退職時の会社負担額は増大します。

日本企業は駐在員規程などを流用して多くの手当を設定しがちですが、台湾においては給与体系のシンプル化、あるいは手当の法的性質の厳密な定義を契約書で明確にすることが、将来の紛争予防につながります。

退職・解雇・資遣・定年

日本では就業規則に解雇事由を列挙しますが、台湾でも同様です。ただし台湾労基法では解雇事由が第11条(経済的理由・能力不足などによる予告あり解雇)と第12条(懲戒解雇・即時解雇)に限定列挙されています。契約書で法を逸脱するような広範な解雇権を留保しても、無効となる可能性が高いです。

台湾では自己都合退職や懲戒解雇を除く会社都合の契約終了の場合、法定の資遣費(退職金)の支払いが義務付けられています。新制(労工退休金条例)では勤続1年につき0.5ヶ月分(最高6ヶ月分まで)となっています。2005年7月以降に入社した社員は原則として新制が適用されますが、契約書には適用される退職金制度と資遣費の計算基準を明記すべきです。

台湾における有期契約と無期契約:日本企業が陥る有期雇用の罠

日本企業が台湾で最も誤認しやすいのが、契約期間に関する規制です。日本では「とりあえず1年契約で様子を見る」という雇用形態が広く行われていますが、台湾でこれを安易に行うと深刻な法的リスクを招きます。

継続性の原則:原則はすべて無期契約

台湾労基法第9条第1項は、労働契約は定期契約(有期契約)および不定期契約(無期契約)に分けると規定しています。臨時性、短期性、季節性および特定性の仕事は定期契約とすることができますが、継続性の仕事は不定期契約としなければなりません。

この条文の核心は、業務に継続性がある場合、当事者が有期契約という表題の契約書にサインしていても、法律上は強制的に無期契約とみなされるという点です。継続性の仕事とは、企業の通常の事業活動において恒常的に必要とされる業務を指します。製造業におけるライン工、商社における営業事務、IT企業におけるシステム保守などは、企業の存続期間中ずっと必要とされる業務であるため、原則として継続性ありと判断されます。

有期契約が許容される4つの例外類型

労基法施行細則第6条において、有期契約が認められるのは非継続的な仕事に限定されています。臨時性の仕事は予期せぬ事由により発生し非継続的なもので、6ヶ月が上限です。従業員の病気欠勤に伴う代替要員や災害復旧の補助作業員などが該当します。短期性の仕事は短期間で完了することが予測でき再発しないもので、6ヶ月が上限です。特定の市場調査レポート作成などが該当します。季節性の仕事は季節や気候の影響を受け原料や市場が限定される非継続的なもので、9ヶ月が上限です。農産物の収穫・加工などが該当します。特定性の仕事は特定の期間内に完了することができ非継続的なもので、期間制限はありませんが1年超は届出が必須です。ダム建設プロジェクトや特定のITシステム開発プロジェクトなどが該当します。

特定性の仕事における1年超の契約の落とし穴

期間が限定されている特定性の仕事であっても契約期間が1年を超える場合は、管轄の労働局へ契約書を提出し審査を受けなければなりません。日本企業がよく行う「プロジェクトベースで2年契約」といったケースでも、この審査を怠ると契約の実質的な性質が問われ、無期契約と判定されるリスクがあります。その仕事が本当に非継続的か、同一業務に従事する無期契約の社員がいないか、雇用期間の合理性などが厳しく審査されます。

みなし無期転換の強力な効力

仮に適法に有期契約を締結したとしても、契約期間が満了した後も労働者が労務の提供を続け使用者が即座に反対の意思表示をしなかった場合、その契約は無期契約として扱われる場合があります。また定期契約を更新し、その前後の契約期間を通算して90日を超え、かつ契約間の断絶期間が30日未満である場合も同様です(適法な特定性や季節性の契約を除く)。

日本では労働契約法第18条により通算5年を超えた場合に労働者の申し込みによって無期転換権が発生します。しかし台湾では5年を待つ必要はありません。実質的に一度でも更新し期間要件を満たせば、即座に無期転換権が発生します。

したがって日本企業が台湾現地法人において「試用期間の代わりに1年契約を結び、良ければ更新する」という運用を行うことは法的に機能しません。最初の1年契約の時点で業務に継続性があるため無期契約とみなされるか、更新した瞬間に無期契約となるため、解雇の自由度を確保することはできません。

台湾における試用期間:有効性と実務上の限界

台湾における試用期間:有効性と実務上の限界

日本と同様、台湾でも試用期間は広く活用されています。しかしその運用ルール、特に解雇(本採用拒否)については、独自のアプローチが必要です。

試用期間の法的根拠と現状

かつての台湾労基法施行細則には試用期間に関する規定がありましたが、1997年の改正で削除されました。現在、労基法に明文規定はありませんが、労働部および裁判所は労使間の合意に基づく契約自由の原則により、合理的な範囲内での試用期間の設定は有効であると解しています。一般的には3ヶ月程度が相場とされていますが、業務の専門性や役職の高さによってはさらに長い期間を設定することも、合理性がある限り認められます。

試用期間中の解雇基準:最高法院判例の分析

最大の論点は、試用期間中または満了時に、どの程度の理由があれば本採用を拒否できるかです。日本の最高裁判例(三菱樹脂事件)は、試用期間中の解雇について留保解約権の行使として、通常の解雇より広い範囲で認めています。台湾の最高法院も、これに近い立場をとっています。

最高法院では、労働契約に合理的な試用期間の約款が付されている場合、使用者は試用期間内に労働者の業務能力、操守、企業文化への適応、対応態度などを観察し、具体的な事実に基づいて合理的、具体的かつ客観的な評価を行い、当該労働者が不適格であると判断した場合、使用者が権利を濫用していない限りその労働契約の終了は正当性を有すると判示しています。また別の判決や学説では、通常の解雇の基準よりも緩和された基準で解雇が可能であるとされています。

ただし緩和された基準といっても、使用者の完全な自由裁量ではありません。「なんとなく合わない」といった主観的理由は認められず、遅刻回数、業務ミスの記録、指導履歴、達成目標の未達など、客観的な証拠が必要です。必須ではありませんが、試用期間中に中間レビューを行い改善を促した事実があれば、解雇の正当性は高まります。

試用期間中の解雇と金銭給付義務(日本との相違)

ここが日本企業にとって最大の落とし穴です。日本では試用期間開始後14日以内の解雇であれば解雇予告手当は不要です(日本労基法21条)。しかし台湾では試用期間中であっても、解雇に際しては資遣費の支払いが原則として必要とされています。

労働部の解釈によれば、試用期間中であっても労働契約は有効に成立しており、労基法の適用を受けます。使用者が一方的に契約を終了する場合は、解雇予告(または予告手当)と資遣費の支払いが義務として発生します。勤続3ヶ月未満の場合は予告期間の法的義務は明記されていませんが、10日前などの予告を与えるか相当分の賃金を支払うことが安全です。

計算例として、月給60,000台湾ドルの社員を試用期間2ヶ月で解雇する場合、60,000×0.5×(2/12ヶ月)=5,000台湾ドルとなります。金額としては大きくありませんが、これを支払わずに即日解雇とすると、不当解雇や賃金未払いとして訴えられるリスクがあります。

試用期間の延長は、使用者が一方的に決定することはできず労働者の同意が必要です。当初の契約書に評価により延長する場合があると記載しておくだけでなく、実際に延長する際には延長期間と理由、評価基準を明記した合意書を取り交わすべきです。延長期間中も雇用関係は継続しているため、勤続年数は通算されます。

まとめ

台湾の労働法制は、日本の法制度と類似した用語や概念を用いながらも、その運用実態、特に労働者の権利保護の厳格さにおいて、日本とは異なる独自の体系を持っています。本稿で解説した雇用契約書の記載事項、有期・無期契約の厳格な区分、試用期間の金銭解決ルールは、台湾労務管理の基本中の基本であり、同時に最もトラブルが多発する領域でもあります。以下の3つのアクションを強く推奨いたします。

第一に契約書の現地適合化の徹底です。日本の雇用契約書を単に翻訳しただけのものを使用するのは危険です。台湾労基法施行細則第7条に準拠し、工資の定義、調動五原則への配慮、法定の解雇事由との整合性を考慮した、台湾法準拠の契約書を作成してください。

第二に無期雇用を前提とした採用戦略の構築です。安易な有期雇用契約は法的な無効リスクを抱えるだけでなく、優秀な人材の獲得を阻害する要因にもなり得ます。継続的な業務については当初から無期契約として採用し、明確なKPIを設定した試用期間制度を活用して適性を見極めるプロセスを構築することが、結果として法的リスクを最小化します。

第三に解雇=コスト(資遣費)の認識を持つことです。台湾では解雇の解決金制度が法律で体系化されています。試用期間中の本採用拒否であっても、日本の感覚で能力不足だからゼロ回答とするのではなく、法令に基づいた資遣費を支払うことで、紛争を未然に防ぎスムーズな雇用終了を実現する姿勢が求められます。

台湾は日本企業にとって極めて重要なパートナーであり、現地人材の活用は事業成功の鍵です。入り口である雇用契約を適法かつ公正に締結することは、労使の信頼関係を築き、台湾事業の持続的な発展を支える強固な基盤となるでしょう。

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