台湾の贈収賄規制:公務員だけでなく民間同士も注意が必要

台湾の贈収賄規制:公務員だけでなく民間同士も注意が必要

台湾は日本にとって地理的に近く、歴史的・文化的にも深い結びつきを持つ重要なビジネスパートナーです。多くの日本企業が製造拠点、研究開発拠点、販売市場として台湾に進出しており、経済関係は年々深化しています。海外事業展開において最も警戒すべきリスクの一つが贈収賄に関する法的規制の遵守です。日本企業の間では、贈収賄といえば公務員に対する不正な金銭供与を想起し、政府の許認可や公共事業入札に関連するコンプライアンスに注力する傾向があります。台湾でも公務員に対する贈収賄は極めて重大な犯罪であり、特別法である汚職治罪条例により厳しく処断されます。

台湾の法制度および近年の司法実務を詳細に見ると、公務員汚職への対策だけでは不十分であることがわかります。民間企業間の取引における不正な利益供与、いわゆる商業贈収賄に対しても、刑法の背任罪や証券取引法の特別規定を通じて厳格な法的責任が問われます。一見すると民間贈収賄罪という独立した罪名がないため、規制が緩やかに見えるかもしれません。実態は背任という法理を用いて広範かつ厳格に処罰が行われています。

本記事では、台湾刑法および汚職治罪条例を中心に、2024年から2025年にかけての注目すべき判例や法改正の動向を解説します。日本法との比較法的観点を交えながら、台湾における贈収賄リスクの全貌を実務的な観点から網羅的にお伝えします。

台湾における贈収賄規制の全体像と法的構造

台湾における贈収賄規制は、単一の法典によって完結しているわけではなく、複数の法律が重層的に機能する構造を持っています。日本企業がまず理解すべきは、この法体系の全体像と、それぞれの法律が適用される優先順位および対象範囲です。基本法としての中華民国刑法に加え、公務員の汚職を特別に重く罰するための汚職治罪条例が存在します。さらに企業活動においては証券取引法や銀行法などの特別規定が適用されるケースも多々あります。これらの法律は相互に関連しながら、公的セクターから民間セクターまで腐敗行為を包括的に規制しています。

最も注意すべき特徴は、公務員に対する贈収賄については特別法である汚職治罪条例が刑法に優先して適用され、その法定刑が極めて重いという点です。一方、民間同士の贈収賄については、独立した民間贈収賄罪という条文形式ではなく、刑法上の背任罪や上場企業等に適用される証券取引法上の特別背任罪として構成されます。日本法とは異なる法的アプローチが採られているのです。この法構造の違いを理解せずに、日本の感覚で民間同士の接待やリベートは商習慣の範囲内と判断することは、致命的な法的リスクを招きかねません。

汚職治罪条例と刑法の適用関係

台湾の贈収賄規制の中核をなすのが汚職治罪条例です。公務員の汚職行為を厳重に処罰するための特別刑法であり、公務員による収賄行為だけでなく、一般市民や企業による公務員への贈賄行為も処罰対象としています。法適用の一般原則として、特別法は一般法に優先するという法理が台湾でも適用されます。公務員に対する贈収賄事件においては、刑法よりも法定刑の重い汚職治罪条例が優先的に適用されるのです。刑法にも収賄罪(第121条、第122条)や予備収賄罪(第123条)の規定は存在しますが、汚職治罪条例が適用されない例外的なケースや軽微な事案に適用されるにとどまります。実務上の主要な汚職事件のほとんどは汚職治罪条例に基づいて処理されます。

たとえば、公務員が職務上の行為に関して賄賂を収受した場合、刑法第121条では7年以下の有期徒刑(日本の旧懲役刑に相当)とされています。汚職治罪条例第5条では7年以上の有期徒刑および6000万台湾ドル以下の罰金という極めて重い刑罰が科されます。7年以上という法定刑の下限は、執行猶予が付く可能性を著しく低下させます。実刑判決となるリスクが極めて高いことを意味します。

汚職治罪条例は贈賄側に対しても厳しい態度で臨んでいます。公務員に対して違法な利益を提供した者は、1年以上7年以下の有期徒刑および300万台湾ドル以下の罰金に処される可能性があります。日本企業が台湾でビジネスを行う際、現地のコンサルタントやエージェントを通じて公務員に接触する場合には注意が必要です。たとえ日本側が直接関与していなくとも、共犯あるいは教唆犯としてこの重罰の対象となり得ます。

日本法との構造的な相違点

日本の贈収賄規制と比較した場合、台湾の規制にはいくつかの顕著な特徴があります。これらの違いを理解することは、コンプライアンス体制を構築する上で不可欠です。

第一に、公務員の定義が広範である点です。日本の刑法におけるみなし公務員の概念と同様に、台湾でも刑法第10条において公務員の定義が定められています。その解釈は司法実務において柔軟かつ広範に運用されています。公立病院の医師や公立大学の教授、国営企業の職員などが、調達や入札に関与する場合、公務員として扱われるケースが多く見られます。

第二に、没収・追徴の徹底です。台湾では2016年の刑法改正により、犯罪収益の没収に関する規定が強化されました。贈収賄によって得た利益だけでなく、その利益から派生した財産や第三者が取得した犯罪収益についても没収が可能となりました。企業が不正な手段で契約を獲得した場合、その契約から得られた利益全体が没収対象となる可能性があります。贈賄に使われた資金だけでなく、その結果として得られた事業収益までが没収されれば、企業の存続に関わる重大事態となります。

第三に、民間贈収賄の処罰構造です。日本では会社法上の収賄罪や不正競争防止法による外国公務員贈賄罪などが個別に存在します。台湾では民間部門の贈収賄を背任という概念で包括的に捉えます。他人の事務を処理する者が、その任務に背く行為をして、本人に損害を与えた場合に成立する犯罪です。サプライヤーからのリベート受領などが典型的な適用例となります。

日本では会社に損害を与えていないという抗弁が一定程度通用する余地があるかもしれません。台湾の判例ではリベート分だけ会社は安く購入できたはずであるという論理で損害を認定する傾向が強く、非常に厳しい判断が下されます。

台湾の公務員に対する贈収賄規制

台湾の公務員に対する贈収賄規制

公務員に対する贈収賄は、台湾の司法当局が最も厳しく監視する領域であり、検察による摘発も活発に行われています。具体的にどのような行為が処罰対象となるのか、公務員の範囲がどこまで及ぶのかについて詳細に解説します。

公務員の定義と適用範囲

台湾刑法第10条第2項は、公務員を3つのカテゴリーに分類しています身分公務員は、法令により職務権限を有し、国家または地方自治体の機関に勤務する者です。いわゆる公務員試験を経て採用された一般的な公務員を指します。授権公務員は、法令により職務権限を有し、公共の事務に従事する者です。公的な権限を法律によって付与された委員会のメンバーなどが含まれます。委託公務員は、国家または地方自治体の機関から委託され、その権限の範囲内で公共の事務に従事する者です。

特に注意が必要なのは委託公務員および授権公務員の解釈です。政府のインフラプロジェクトを受託した民間企業の担当者が、そのプロジェクト内の特定の権限を行使する場合、その担当者は公務員とみなされる可能性があります。品質検査や検収の承認などが該当します。単なる請負業務であれば公務員とはみなされませんが、公権力の行使に関わる部分については公務員としての責任が問われます。

公立大学の教授が大学の備品購入や研究プロジェクトの入札に関与する場合、その行為は公共の事務とみなされます。業者からの金銭授受は汚職治罪条例の対象となります。公立病院の医師についても同様のリスクがあります。過去の判例では、公立病院の医師が医療機器の調達に関して製薬会社や機器メーカーからリベートを受け取った事案において、公務員としての収賄罪が適用され有罪判決が下されています。

台湾には栄民総医院など多くの公立病院が存在するため、医療機器や医薬品を扱う日本企業は、相手方の医師が公務員に該当する可能性を常に考慮しなければなりません。

公務員の類型定義の概要日本企業にとってのリスク例
身分公務員法令に基づき国家・地方自治体に勤務する者政府機関への許認可申請、行政指導への対応
授権公務員法令により公共事務に従事する権限を持つ者水利組合、農会(農協)などの役職員との取引
委託公務員公的機関から委託を受けて公共事務を行う者公共事業の監理業務を受託した民間コンサルタント、車検業務を行う民間整備工場など

職務関連性と対価関係の認定

贈収賄罪の成立には、公務員の職務と供与された利益との間に対価関係が存在することが必要です。台湾の裁判所は職務関連性と対価関係を非常に広く解釈する傾向にあります。必ずしも特定の個別の職務行為に対する謝礼である必要はありません。公務員の職務全般に対する包括的な賄賂であっても処罰対象となります。将来的に何らかの便宜を図ってもらうことを期待して、日常的に接待や贈答を繰り返していた場合、特定の依頼事項がなくても包括的な賄賂として認定される可能性があります。

職務行為が正当なものであったとしても、その対価として金銭等を受け取れば収賄罪が成立します。正当な手続きで迅速に許認可を下ろした場合でも同様です。これを不違背職務賄賂罪と呼びます。日本の刑法における単純収賄罪に近い概念ですが、台湾ではこの場合でも法定刑が7年以上と非常に重いのが特徴です。

公務員が職務に違反する行為を行った場合の賄賂は違背職務賄賂罪として、さらに重い刑罰が科されます。不正な便宜供与、違法な許可、入札情報の漏洩などが該当します。汚職治罪条例第4条および第5条は、職務違反の有無によって法定刑を区別していますが、いずれにせよ実刑を含む重罰であることに変わりはありません。

汚職治罪条例における刑罰の重さ

汚職治罪条例は公務員の汚職を国家の土台を揺るがす重罪と位置付けています。その法定刑の重さは、日本の刑法と比較すると際立っています。職務上不正な行為による収賄(違背職務)は、無期徒刑または10年以上の有期徒刑が科されます。併せて1億台湾ドル以下の罰金が加算されます。職務上の行為による収賄(不違背職務)は、7年以上の有期徒刑です。併せて6000万台湾ドル以下の罰金が加算されます。贈賄については、違背職務の場合は1年以上7年以下の有期徒刑および300万台湾ドル以下の罰金です。不違背職務の場合は3年以下の有期徒刑、拘留または50万台湾ドル以下の罰金です。

特に注目すべきは、収賄側の公務員に対する刑罰の下限が10年や7年と極めて高い点です。贈賄側の企業に対しても、捜査段階での厳しい追及が行われる背景となっています。検察当局は、公務員を起訴するために、贈賄側の自白を引き出そうとするインセンティブが強く働きます。汚職治罪条例には、贈賄者が自白した場合に刑を減免する規定(第11条)があります。これを利用して贈賄側の証言を確保しようとする司法取引的な動きが捜査現場では頻繁に見られます。日本企業の関係者が取り調べを受ける際、こうした法的構造を理解していないと、不利な供述をしてしまうリスクがあります。

台湾の民間企業間贈収賄と背任罪の適用

台湾の民間企業間贈収賄と背任罪の適用

台湾には、一般の民間企業間における贈収賄を直接的に処罰する商業贈収賄罪という名称の法律は存在しません。民間同士の賄賂が許容されていることを意味するものでは決してありません。実務上は、刑法第342条の背任罪がその役割を担い、商業賄賂を厳しく処罰する法的根拠となっています。

刑法第342条「背任罪」の構成要件

刑法第342条は、他人の事務を処理する者が、自己または第三者の不法な利益を図り、または本人の利益を損なう意図をもって、その任務に背く行為をし、本人に損害を与えた場合に成立します。商業賄賂の文脈では、まず他人の事務を処理する者として、企業の購買担当者、営業担当者、役員など、一定の裁量権を持って会社の業務を行う者が該当します。任務に背く行為とは、本来であれば会社にとって最良の取引条件を追求すべき義務があるにもかかわらず、サプライヤー選定において公正な評価を行わず、リベートを提供した業者を優遇する行為などです。不法な利益として、サプライヤーから受け取るリベート、キックバック、過剰な接待、高価な贈答品などが該当します。

本人への損害については、最も重要なポイントです。本来であればより安価または高品質な製品を調達できたにもかかわらず、リベート分が上乗せされた価格で購入したことによる金銭的損害が認められます。企業の社会的信用や評判の毀損も損害として広く認定される傾向にあります。日本の背任罪と構造は似ていますが、台湾の司法実務では損害の概念が広く捉えられる傾向があります。サプライヤーから受け取ったリベートは、本来であれば会社が値引きとして享受できたはずの利益であるという解釈がなされます。実際に購入価格が市場価格の範囲内であったとしても、リベート受領の事実をもって会社への損害とみなされる判例が確立しています。

証券取引法における特別背任罪

日本企業が特に警戒すべきは、上場企業等に関わる贈収賄事件において適用される証券取引法第171条の規定です。刑法の背任罪の特別加重類型であり、いわば特別背任罪と呼べるものです。証券取引法第171条第1項第3号は、上場企業の取締役、監査役、経理人または従業員が、職務に違背して会社に損害を与えた場合を処罰対象としています。この罪の特徴は、その法定刑の重さにあります。基本刑は3年以上10年以下の有期徒刑です。併せて1000万台湾ドル以上2億台湾ドル以下の罰金が科されます。犯罪収益が1億台湾ドル以上の場合は、7年以上の有期徒刑です。併せて2500万台湾ドル以上5億台湾ドル以下の罰金が科されます。

刑法の背任罪(5年以下の有期徒刑)と比較して格段に重い刑罰が設定されており、執行猶予の獲得が極めて困難です。日本企業の台湾子会社が現地で上場している場合や、台湾の上場企業と取引を行う場合、この条文が適用されるリスクは常に存在します。金額要件(損害額500万台湾ドル以上など)がありますが、長期間にわたるリベートの総額がこの基準を超えることは珍しくありません。

項目刑法 第342条(背任罪)証券取引法 第171条(特別背任罪)
適用対象一般企業の従業員・役員など上場企業の役員・従業員など
法定刑5年以下の有期徒刑、拘留または罰金3年以上10年以下の有期徒刑(加重時は7年以上)
罰金上限50万台湾ドル(または利益の範囲内)2億台湾ドル(加重時は5億台湾ドル)
主要要件任務違背、損害発生、故意任務違背、損害額500万台湾ドル以上など

鴻海事件に見る民間規制の実態

民間企業間の贈収賄規制の厳しさを示す象徴的な事例として、鴻海精密工業(Foxconn)の幹部による集団汚職事件が挙げられます。民間企業内での不正がいかに厳しく断罪されるかを示す重要な判例です。鴻海の資材調達部門の幹部らが、サプライヤーから長期間にわたり巨額のキックバックを受け取っていたとして起訴されました。台湾の最高法院は、彼らの行為が会社の利益を損ない、信頼関係を破壊したとして、証券取引法違反や刑法の背任罪を適用し、実刑判決を確定させています。

注目すべきは被告側の防御論に対する裁判所の判断です。被告側はリベートを受け取ったが、調達価格は市場価格と比較しても適正であり、会社には損害を与えていないと主張しました。裁判所はこれを退けました。サプライヤーがリベートを支払う余裕があったということは、その分だけ本来は調達価格を引き下げることが可能であったはずである、したがってリベート相当額は会社が逸失した利益であり、会社に対する損害に他ならないという論理構成により、損害の発生が認定されたのです。

このリベートは会社への損害であるという法理は、台湾でビジネスを行う全ての日本企業にとって極めて重要な教訓を含んでいます。他社もやっている商習慣だ、結果的に会社に損害は出ていないという言い訳は、台湾の裁判所では通用しない可能性が高いのです。

台湾法と日本法の比較

台湾の贈収賄規制を深く理解するためには、日本の法制度との差異を明確にすることが有効です。似ているようで異なる点や日本より厳しい点がいくつか存在します。

民間贈収賄の独立した罪名の有無と運用

日本では、会社法における取締役等の収賄罪や、不正競争防止法における外国公務員贈賄罪などが個別に存在します。一般的な従業員間の賄賂を直接処罰する民間贈収賄罪は刑法には存在しません。背任罪で処理される点は共通しますが、台湾ほど積極的・包括的に賄賂は背任として構成し、サプライヤーのリベートを厳しく摘発する運用は、日本では必ずしも一般的とは言えません。

台湾では刑法342条の背任罪が実質的な一般民間贈収賄罪として機能しており、その適用範囲は非常に広範かつ強力です。

公務員概念の広がり

日本でもみなし公務員の規定はありますが、台湾における委託公務員や授権公務員の解釈はより柔軟で、及ぶ範囲が広い傾向にあります。

台湾独自の制度や商慣習の中で、政府系ファンドが出資する企業や、公的な性格を帯びた財団法人などが数多く存在します。これらの職員との接触において、相手方が法的に公務員として扱われるか否かの判断は非常に難解であり、日本企業にとっては隠れた地雷となり得ます。大学教授が政府の研究費を用いて行う調達などが典型です。

量刑の重さと司法の厳格さ

台湾の汚職治罪条例や証券取引法違反の法定刑は、日本の同種犯罪と比較して著しく重い設定になっています。日本では贈賄罪で実刑判決が出ることは比較的稀ですが、台湾では汚職治罪条例違反や証券取引法違反となれば、初犯であっても実刑となる可能性が十分にあります。保釈金の額も巨額になる傾向があり、後述する柯文哲氏の事件では7000万台湾ドルという高額な保釈金が設定されています。司法手続きにおける身体拘束や経済的負担も重いものとなります。厳罰化の背景には、台湾社会における汚職撲滅への強い要求と、クリーンな政府を目指す政治的な意志が存在します。

台湾における最新動向と重要判例

2024年から2025年にかけて、台湾では政財界を揺るがす大型の汚職事件が相次いで摘発されており、検察当局の姿勢が一段と厳格化していることが窺えます。これらの事例は、日本企業にとっても対岸の火事ではありません。

柯文哲前台北市長・京華城事件

2024年後半から台湾社会を揺るがしているのが、前台北市長・柯文哲氏を巡る京華城再開発汚職事件です。本件は、容積率が560%から840%へと異例の引き上げが行われた際、その対価として柯氏側が威京グループから多額の賄賂を受け取ったとして、汚職処罰条例の「違背職務収賄罪」および「図利罪」で起訴された事案です。

検察は、巧妙に隠蔽された資金の流れを追及しており、一部は従業員名義の分散した政治献金や、関連団体への寄付という形を装っていたと指摘しています。この事件は、「合法的な外観(寄付・献金)」があっても、行政決定との間に「実質的な対価関係」があれば、贈収賄として厳罰に処されるという台湾司法の厳しい姿勢を改めて浮き彫りにしました。日本企業にとっても、許認可が絡むビジネスにおける政治家・公務員との接点管理に警鐘を鳴らす歴史的な事例となっています。

グリーンエネルギー汚職事件

台湾政府が推進する「2025年脱原発・再生可能エネルギー転換」政策の裏側で発生した汚職事件は、日本企業にとって極めて重要な教訓を含んでいます。

2025年末、経済部グリーンエネルギー産業推進センターの元副執行長である鄭亦麟氏が、汚職処罰条例(違背職務収賄)等の罪で起訴されました。鄭氏は、太陽光発電業者から「コンサルティング料」の名目で家族名義の口座を通じて賄賂を受け取り、その見返りに台湾電力に対して特定の業者に有利な取り計らいをするよう圧力をかけたとされています。検察側は鄭氏に対し、14年以上の有期徒刑という極めて重い刑を求刑しました。

台湾の再エネ市場に参入する日本企業にとって、以下の点は死活的です。

  • 「準公務員」への認識:鄭氏のような推進センターの職員は、純粋な官僚ではなくても、公共事務に従事する者として「公務員」とみなされ、厳しい汚職処罰条例が適用されます。
  • 実体のない契約の危険性:業務実態が曖昧なコンサル契約やアドバイザリー費用は、即座に賄賂の隠れ蓑とみなされ、捜査対象となります。

建設業界における贈収賄事件

地方自治体レベルでの許認可を巡る贈収賄も依然として後を絶ちません。新北市の元市議会議員である陳科名氏のケースでは、建設業者からの依頼を受け、建築許可の迅速化を市当局に働きかける見返りに、自身の関係する会社に土砂運搬業務などを発注させるという手口が使われました。最高法院は上告を棄却し、有期徒刑10年8ヶ月の実刑判決が確定しました。

この判決の重要な点は、直接的な現金授受ではなく、公職者の支配下にある企業への『業務発注(不当な利益供与)』を賄賂と認定したことです。台湾では、議員による行政への働きかけ(關説)と、その見返りとしてのビジネス提供を、職務上の行為に密接に関連する対価関係(対価関係)と厳格に判断しています。

建設・不動産業界において、地元の有力者や議員を口利きとして利用し、その対価として関連会社への業務発注を行うという行為は、かつては政治的な調整として黙認されがちでした。明確に犯罪として断罪されている事実を重く受け止めるべきです。現地の顔役を利用する際は、その人物が公職にあるか否か、金銭の流れが透明であるかを厳格に確認する必要があります。

台湾でのコンプライアンス・ガイドラインと接待・贈答の基準

台湾でのコンプライアンス・ガイドラインと接待・贈答の基準

台湾でビジネスを行う日本企業は、贈賄リスクを回避するために、明確かつ厳格な社内規定を設ける必要があります。接待や贈答に関しては、台湾政府が定めるガイドラインを参考に、具体的な金額基準を設定することが推奨されます。

公務員に対する接待・贈答の基準

台湾行政院は公務員廉政倫理規範を定めており、公務員が受け取ることができる贈答や接待について具体的な金額制限を設けています。これらの基準は公務員側の規定ですが、企業側もこれを遵守することが贈賄の意図がないことを示す重要な防衛線となります。

項目基準(台湾ドル)日本円換算(概算)条件・備考
通常の贈答3,000 TWD 以下約13,500円 以下1回あたり。通常の社会的儀礼の範囲内であること
年間総額10,000 TWD 以下約45,000円 以下同一の相手からの年間受領総額
利害関係者からの贈答原則禁止許認可申請中、入札中などの場合
例外(利害関係者)500 TWD 以下約2,250円 以下偶発的かつ儀礼的なものに限る

偶発的な接待について、公務員は原則として利害関係者からの接待を受けてはなりません。公務遂行上の必要性があり、かつ通常の社会的儀礼の範囲内である場合などは例外とされますが、厳格な運用が求められます。日本企業が習慣的に行う中元や歳暮も、通常の贈答の範囲内で行う必要があります。相手が利害関係者に該当する場合、原則として一切の贈答を控えるのが最も安全な策です。

民間企業に対する接待・贈答の考え方

民間企業間であっても、過剰な接待や贈答は前述の背任罪のリスクを招きます。明確な法的金額基準はありませんが、いくつかの点に留意すべきです。まず社会通念上の相当性です。相手方の職位や取引規模に照らして、常識的な範囲内であることが求められます。透明性も重要です。担当者個人へのこっそりとした提供ではなく、会社として公式に提供することが望ましいです。オフィスへの配送や複数名での会食などが適切です。

記録化も欠かせません。経費精算において、目的、相手方、内容を正確に記録することが重要です。交際費として一括処理せず、詳細を残すべきです。相手方就業規則の確認も必要です。相手方企業のコンプライアンス規定を確認し、受領禁止規定がある場合は絶対に提供しないことです。外資系企業や大手台湾企業では、受領を一切禁止しているケースが増えています。

台湾ビジネスで日本企業が直面するリスクと対策

代理店・コンサルタント管理の重要性

台湾市場への参入において、現地のエージェントやコンサルタントを利用するケースは多いですが、これらが賄賂のトンネルとして機能した場合、依頼主である日本企業も共犯として責任を問われるリスクがあります。グリーンエネルギー汚職事件のように、コンサルティング料が賄賂の隠れ蓑とされるケースは典型的な手口です。

対策として、契約書には必ず贈収賄禁止条項を盛り込み、必要に応じて監査権限を確保することが重要です。エージェント選定時のデューデリジェンスを徹底し、過去の不正関与の有無や公務員との不適切な関係がないかを調査すべきです。

内部通報制度の活用と公益通報者保護

台湾では現在、公益通報者保護法の制定に向けた動きが進んでおり、内部告発を奨励する社会的気運が高まっています。2025年時点でも、多くの企業で内部通報制度の整備が進められています。企業内での不正の芽を早期に発見するため、現地語(繁体字中国語)で利用可能な内部通報窓口を設置し、適切に運用することが求められます。現地従業員が安心して通報できる仕組みを作ることが、外部への流出や当局への告発を防ぐための第一歩となります。

域外適用への対応

台湾の刑法および汚職治罪条例は、一定の条件下で国外犯にも適用される可能性があります。日本企業が台湾国外で台湾の公務員に対して贈賄を行った場合も、汚職治罪条例の対象となります。グローバルな視点でのコンプライアンス体制構築が不可欠です。台湾企業の海外駐在員に対して第三国で賄賂を渡した場合でも、台湾の法律で処罰される可能性があります

まとめ

台湾における贈収賄規制は、公務員に対する厳罰化と、民間取引における背任罪の積極適用という二つの柱で構成されています。その執行は年々厳格さを増しています。民間同士であれば多少の融通は利くという日本的な感覚は、台湾では通用しません。企業の存続を危うくする重大な法的リスクとなり得ます。柯文哲氏の事件や鴻海グループの事例が示すように、政治的な地位や企業の規模にかかわらず、不正に対する司法の追及は徹底されています。日本企業経営者および法務担当者は、以下の3点を改めて認識する必要があります。

第一に、公務員の範囲は広く、大学や病院、国営企業も対象となり得ます。第二に、民間取引であっても、リベートや過剰接待は背任罪として刑事訴追されます。第三に、現地の最新判例や法改正を常にモニタリングし、ガイドラインをアップデートし続ける必要があります。複雑かつ流動的な台湾の法的環境において、ビジネスを安全かつ円滑に進めるためには、高度な専門知識と現地の実情に精通したパートナーの存在が不可欠です。

モノリス法律事務所は、IT・インターネット関連法務に強みを持つと同時に、台湾法務に精通した専門チームを擁しています。本レポートの共同執筆者である椽智商務科技法律事務所との強力な連携により、台湾現地の最新法令に基づいたコンプライアンス体制の構築、契約書のリーガルチェック、万が一のトラブル発生時の訴訟対応まで、ワンストップでサポートを提供することが可能です。法人登記やビザ取得といった実務手続きから、高度な企業防衛戦略の立案に至るまで、台湾でのビジネス展開を全面的に支援いたします。

監修

河瀬 季

Toki Kawase

IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。

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