営業秘密(トレードシークレット)の保護:台湾営業秘密法の強力な罰則

営業秘密(トレードシークレット)の保護:台湾営業秘密法の強力な罰則

台湾は半導体産業をはじめとする世界最先端の技術が集積する地域であり、グローバルなサプライチェーンにおいて極めて重要な戦略的地位を占めています。高度な技術力を有する台湾企業との取引や現地への研究開発拠点の設置は、日本企業にとって大きなビジネスチャンスとなります。一方で、技術情報の流出という深刻なリスクとも隣り合わせです。

かつて台湾では人材の流動性の高さから、転職者が元の勤務先の技術を持ち出す事例が後を絶ちませんでした。近年の台湾政府は経済の根幹を揺るがすこうした行為に対して極めて厳しい姿勢で臨んでいます。2013年の営業秘密法改正による刑事罰の導入、さらには2022年の国家安全法改正による経済スパイ行為への厳罰化は、台湾の法的環境を一変させました。現在、台湾における営業秘密の侵害は単なる民事上のトラブルではなく、有期徒刑(日本の旧懲役刑に該当)を含む重大な刑事犯罪として扱われます。中国本土や日本を含む域外での使用を目的とした侵害行為に対しては、最大で有期徒刑10年以上の重刑が科される可能性があります。

本記事では、台湾営業秘密法の保護要件、刑事罰の構造、日本法との違いについて、最新の法改正や判例動向を交えて解説します。

台湾営業秘密法における保護対象と3つの要件

台湾において企業が保有する技術情報や経営情報が法的保護を受けるためには、営業秘密法第2条が定める営業秘密の定義に合致する必要があります。保護対象となる情報は、方法、技術、プロセス、製法、プログラム、設計、その他の生産・販売・経営の過程で使用されうる情報です。さらに以下の3つの要件をすべて満たさなければなりません。

要件定義と解釈
秘密性(非公知性)当該種類の情報に関与する者の間で一般に知られておらず、容易に知り得ない状態にあること。絶対的な秘密である必要はないが、相対的な秘密性は必須。
経済的価値秘密であることによって実際の、または潜在的な経済的価値を有すること。その情報を利用することで競争上の優位性を得られる、あるいは研究開発コストや時間を節約できるといった価値が含まれる。
秘密管理性(合理的保全措置)所有者がその秘密性を維持するために、主観的な意思だけでなく、客観的に認識可能な合理的措置を講じていること。

3つの要件のうち、実務上もっとも争点となりやすいのが秘密管理性です。台湾の裁判所は、企業が単に秘密だと認識していただけではこの要件を認めません。情報の性質や価値に見合った具体的な管理が行われているかを厳格に審査します。物理的な管理としては、重要情報を取り扱う区域への入退室制限や書類の施錠保管が求められます。デジタルデータの管理においては、アクセス権限の最小化(Need-to-Know原則の適用)、パスワード設定、アクセスログの保存などが必須とされます。

情報自体に「機密」等の表示を行い、従業員が秘密情報であると明確に認識できる状態にしておくことも重要です。単に就業規則に一般的な守秘義務規定があるだけでは不十分であり、具体的な情報管理の実態が伴っていなければ法的保護の対象外とされるリスクが高い点に注意が必要です。

台湾営業秘密法における刑事罰の構造と域外使用罪

台湾営業秘密法における刑事罰の構造と域外使用罪

かつて台湾の営業秘密侵害に対する救済は民事訴訟が中心でした。2013年の法改正により刑事罰が導入され、その抑止力は飛躍的に高まりました。台湾営業秘密法の特徴は、侵害行為が台湾国内で完結する場合と、海外(域外)での使用を意図した場合とで刑罰の重さが大きく異なる点にあります。

以下の表は、通常の侵害行為(国内犯)と、海外での使用を目的とした加重類型(域外使用罪)の罰則を比較したものです。

区分有期徒刑罰金刑備考
国内犯(第13条の1)5年以下の有期徒刑または拘留100万台湾ドル以上1,000万台湾ドル以下犯罪による利益が罰金上限を超える場合、利益の3倍まで増額可能
域外使用罪(第13条の2)1年以上10年以下の有期徒刑300万台湾ドル以上5,000万台湾ドル以下犯罪による利益が罰金上限を超える場合、利益の2倍以上10倍以下まで増額可能

域外使用罪の重さは特筆すべきものがあります。外国、中国本土、香港、マカオでの使用を意図して営業秘密を侵害した場合、有期徒刑の下限が1年以上と定められています。原則として執行猶予がつかない実刑判決となる可能性が高くなります。罰金についても不法利益の最大10倍という極めて高額な制裁が科される可能性があります。企業が侵害行為によって得ようとした経済的メリットを根こそぎ剥奪する制度設計といえるでしょう。

台湾国家安全法による経済スパイへの厳罰化

2022年5月の改正により、国家安全法に経済スパイに関する条項が追加されました。台湾の国家核心重要技術(National Core Critical Technologies)に関わる営業秘密を外国や中国本土等のために侵害した場合、営業秘密法よりもさらに重い罰則が適用されます。具体的には、5年以上12年以下の有期徒刑および500万台湾ドル以上1億台湾ドル以下の罰金が科されます。

半導体技術など国の産業競争力を左右する重要技術については、国家安全保障の観点から最高レベルの保護が与えられています。

台湾営業秘密法と日本の不正競争防止法との比較

日本企業が台湾の法制度を理解する上では、日本の不正競争防止法との違いを把握することが有益です。両者は基本的な構造こそ似ていますが、台湾法の方がより強力な制裁措置を有しています。

比較項目台湾 営業秘密法日本 不正競争防止法重要な相違点
域外使用の有期徒刑1年以上10年以下10年以下日本法も2015年改正等で厳罰化されたが、台湾法は下限を1年以上としており実刑となる可能性が高い構造
罰金の上限不法利益の最大10倍(域外犯)法人は最大10億円(国外)台湾法は固定額の上限を超えて、利益に応じた青天井の罰金を科すことが可能
訴追要件国内犯:親告罪/域外犯:非親告罪親告罪規定は削除済台湾における域外使用罪は非親告罪であり、被害企業が告訴を取り下げても検察官の判断で起訴・処罰される可能性あり
未遂罪処罰あり処罰あり台湾法ではデータを持ち出そうとした段階(未遂)でも処罰対象となり、水際での阻止と法的責任の追及が可能

特に重要な違いは、台湾における域外使用罪が非親告罪である点です。技術流出が単なる私企業の損害にとどまらず、国家の産業競争力を損なう公益侵害とみなされています。被害企業が加害者と和解して処罰を望まないという意思表示をしたとしても、検察官は捜査を継続し起訴することができます。

台湾における訴訟手続上の特則と情報保護

台湾における訴訟手続上の特則と情報保護

営業秘密の侵害事件において被害企業がもっとも恐れるのは、訴訟を通じてさらなる秘密流出が起きること(二次流出)です。この懸念を解消するため、台湾では知的財産案件審理法の改正により、捜査・裁判における秘密保持命令制度が整備されました。この制度により、検察官は捜査段階から職権で秘密保持命令を発令することができます。命令を受けた被疑者や弁護人、その他の関係者は、捜査目的以外で秘密情報を使用したり開示したりすることが禁じられます。違反した場合には3年以下の有期徒刑等の刑事罰が科されます。被害企業は安心して検察官に技術資料を提供し、捜査に協力できる環境が整いました。

民事訴訟においても被害者の立証負担を軽減するための規定が存在します。被害者が被告による侵害の蓋然性をある程度疎明した場合、被告側が自らは侵害していないことを具体的に立証しなければならないという事実上の立証責任の転換が行われることがあります。証拠が被告側(侵害者側)に偏在しやすいという営業秘密事件の特性に配慮した規定です。

まとめ

台湾の営業秘密法制は、2013年の刑事罰導入以降、2020年の捜査手続改正、2022年の国家安全法改正による重要技術の保護強化と急速に進化を遂げてきました。中国本土を含む域外への技術流出に対しては、最大で有期徒刑10年以上、不法利益の10倍という罰金を科す世界でも類を見ない強力な制裁規定を設けています。台湾政府が技術流出を国家安全保障上の重大な脅威として認識していることがうかがえます。

日本企業が台湾でビジネスを行うにあたっては、この強力な法制度を正しく理解し活用することが求められます。秘密管理性の要件を満たすための物理的・技術的なセキュリティ体制の構築、現地法に即した契約書の整備が重要です。万が一の侵害発生時に迅速に証拠を保全し、刑事告訴を行うための初動体制の準備も不可欠です。

モノリス法律事務所はIT・テクノロジー法務における高度な専門性を有し、台湾の提携法律事務所である椽智商務科技法律事務所と連携して日本企業の台湾進出をサポートしています。現地の法令や実務に精通した台湾弁護士との緊密な連携により、日常的なコンプライアンス体制の構築から万が一の紛争時の代理業務まで、台湾でのビジネス展開に必要なあらゆる法的支援をワンストップで提供することが可能です。技術情報の保護は企業の競争力、ひいては存続に関わる経営課題です。台湾市場での成功を確かなものにするためにも、法務とITの両面から強固な防衛策を講じることをお勧めします。

監修

河瀬 季

Toki Kawase

IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。

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