共同海損の宣言と台湾法における荷主の対応ガイド

共同海損の宣言と台湾法における荷主の対応ガイド

台湾海峡や南シナ海は、世界経済の動脈であると同時に、台風や季節風、地政学的緊張が交錯する海域です。日本企業が台湾との間で輸出入を行う際、避けて通れないリスクの一つが海難事故であり、それに伴う共同海損(General Average)の宣言です。ある日突然、貴社の貨物を積んだ本船が座礁や火災に見舞われ、船会社から巨額の分担金を請求される。その時、経営者や法務担当者が直面するのは、単なる損害賠償の問題ではありません。船と荷が運命を共にする海事法独特の複雑な精算システムへの対応が求められます。

共同海損とは、船舶と積荷が共同の危険に晒された際、その危険を回避するために船長が意図的かつ合理的に行った犠牲や費用を、恩恵を受けた関係者全員で公平に分担する制度です。積荷の投棄や救助費などがこれに該当します。この概念自体は日本法や国際的なヨーク・アントワープ規則(YAR)と共通しています。しかし、台湾(中華民国)における法的運用は、独自の海商法や厳格な最高法院判例によって規律されており、日本とは異なる法的落とし穴が存在します。

分担金の支払いを拒絶できる船側過失の認定基準、貨物引取りに不可欠な担保提供の実務、権利が消滅する時効期間の短さなど、台湾特有のルールを知らなければ、予期せぬ経済的損失を被る可能性があります。本記事では、台湾海商法の規定と最新の実務運用、実際の裁判例を紐解きながら、日本企業が知っておくべき対応策を解説します。

台湾海商法における共同海損の法的構造

台湾において海上運送や海難事故を規律する基本法は海商法(Maritime Act)です。同法第110条は共同海損について、船舶及び積荷を共同の危険から救助するために、船長が処分(sacrifice)をなし、または費用を支出した場合において、これにより生じた損害及び費用は共同海損とすると定めています。この定義自体は日本商法や国際的なヨーク・アントワープ規則と大きく変わりません。ただし、台湾の裁判実務において極めて重要視されるのが「共同の危険」の解釈です。

台湾の最高法院(日本の最高裁判所に相当)は、共同海損の成立要件について非常に厳格な姿勢をとっています。最高法院85年(西暦1996年)度台上字第1685号民事判決によれば、共同海損が成立するためには、危険が単なる将来の可能性や想像上のものではなく、現実に存在し、かつ切迫した(imminent)ものでなければなりません。

たとえば、エンジントラブルで航行不能になったとしても、天候が穏やかで漂流しても直ちに座礁する恐れがないような状況では、曳航費用などは船主が単独で負担すべき単独海損や通常の運航経費とみなされます。共同海損とは認められない可能性があるのです。この厳格な基準は、船主が本来負担すべきメンテナンス費用や修理費を、安易に共同海損の名目で荷主に転嫁することを防ぐ法的な防波堤となっています。

台湾海商法第115条と過失の取扱い

台湾海商法第115条には、日本企業が特に留意すべき過失に関する規定があります。同条は、共同海損が利害関係人の過失によって生じた場合であっても、各関係人は分担の責任を負うと定めています。一見すると、船側に整備不良などの過失があっても荷主は分担金を支払わなければならないように読めます。しかし同条には、過失ある者に対する求償権には影響しないという趣旨の但書が続きます。これは国際的な交差責任(Cross Liability)の原則を採用したものです。形式的には分担義務が生じるものの、実質的には船主に過失があれば、荷主は損害賠償請求権をもって分担金請求に対抗(相殺)することが可能です。

ただし実務上は、船主側がこの条文を盾に、まずは分担金を支払え、文句があるなら後で訴訟を起こせと強硬な姿勢に出ることがあります。そのため、初期段階から弁護士を介して船主の過失を指摘し、支払いを留保するなどの戦略的な対応が求められます。

台湾法と日本法の主な比較

比較項目台湾海商法日本商法(2018年改正後)備考
定義の根拠海商法第110条商法第788条両者ともヨーク・アントワープ規則の影響を受けているが、台湾の判例は要件認定が厳格
過失の扱い第115条:過失があっても分担義務自体は生じる(求償権は留保)過失ある者も分担請求可(ただし求償権と相殺される構造)実務上はニュー・ジェイソン・クローズにより、船主免責が成立するかが争点となる
時効第32条:海事優先権は1年で消滅債権は1年(商法第798条)台湾では海事優先権の消滅時効が厳格に適用されるため、時間切れのリスクが高い
利息第114条第4号:法定利率(年5%が基準となることが多い)商事法定利率は廃止、変動制へ(YAR適用時はYARの規定に従う)YAR 2016適用時はLIBOR+4%等の変動金利が採用される

台湾におけるヨーク・アントワープ規則の適用と司法判断

台湾におけるヨーク・アントワープ規則の適用と司法判断

国際的な海運実務では、共同海損の精算ルールとしてヨーク・アントワープ規則(YAR)が採用されることが一般的です。台湾においても、船荷証券(B/L)の裏面約款にYARに従って精算するという条項が含まれている場合、台湾海商法の任意規定よりも契約条項であるYARが優先して適用されます。

ただしYARはあくまで精算の計算ルールであり、法的な権利義務の根本を定めたものではありません。YARの解釈に争いがある場合や、YARに規定のない事項については、台湾の国内法や判例が補充的に適用されます。

台湾裁判所による費用の性質決定

特に注意が必要なのは費用の性質決定です。台湾高等法院97年(西暦2008年)度海商上更(二)字第3号民事判決は、海難事故に関連して発生した費用が共同海損(General Average)、単独費用(Particular Charges)、損害防阻費用(Suing and Labouring Expenses)のいずれに該当するかを詳細に分析した重要な判例です。

この事案で裁判所は、費用の名目にかかわらず、その支出が誰の利益のために、どのような目的で行われたかを実質的に審査しました。たとえば、座礁した船から貨物を陸揚げする費用について、それが船を軽くして離礁させるため(共同の安全)であれば共同海損です。一方、単に貨物が濡れないようにするため(貨物の利益)であれば単独費用として扱われます。

台湾の裁判所は、精算人(Average Adjuster)が作成した精算書を鵜呑みにせず、個々の費用の法的性質を独自に判断する傾向があります。荷主側としても精算書の内容を精査し、不当な費目が含まれていないかチェックすることが重要です。

台湾における船主の過失と支払拒絶の攻防

共同海損が発生した際、荷主が分担金の支払いを拒絶できる最大の根拠は船主の過失(Actionable Fault)です。具体的には、船舶が発航時に堪航能力(Seaworthiness)を欠いていた場合、船主は共同海損分担金を請求する権利を失います。

台湾の裁判所において、堪航能力の欠如を立証する責任の所在や、その証明度は非常に高度な争点となります。船主側は通常、B/L約款中のニュー・ジェイソン・クローズ(New Jason Clause)を根拠に、発航前の相当な注意(Due Diligence)は尽くしたとして免責を主張します。これに対し、荷主側は、エンジンの整備記録や過去のトラブル履歴、船級協会の検査報告書などの証拠を収集し、船主がメンテナンスを怠っていた事実を突き止める必要があります。

台湾での証拠保全の重要性

ここで重要になるのが、現地の法的手続きを通じた証拠保全です。台湾では、裁判所を通じた証拠保全手続きが可能ですが、迅速に行わなければ重要なログデータや部品が廃棄・隠匿されるリスクがあります。日本企業が遠隔で対応するのは困難です。現地の弁護士と連携し、事故直後にサーベイヤー(鑑定人)を現場に派遣して証拠を確保することが、後の交渉や訴訟を有利に進める鍵となります。

台湾での実務プロセス:通知受領から貨物引取りまで

台湾での実務プロセス:通知受領から貨物引取りまで

実際に共同海損が宣言された場合、荷主は短期間で複雑な手続きを迫られます。

共同海損盟約書と価額申告書の提出

船会社から共同海損宣言(Notice of General Average)が届くと、同時に共同海損盟約書(Average Bond)価額申告書(Valuation Form)の提出が求められます。Average Bondは、将来確定する分担金の支払いを約束する契約書であり、通常はロイズ形式(Lloyd’s Form)が使用されます。この書類に署名することは債務を承認することに等しいため、署名前には必ずB/Lの約款やYARの適用バージョンを確認してください。

担保の提供

次に、貨物を引き取るための担保(Security)を提供します。荷主が貨物保険に加入している場合、保険会社が発行する共同海損保証状(Average Guarantee)を提出すれば、現金供託(Cash Deposit)を免除されるのが一般的です。台湾の実務では、日本の大手損害保険会社が発行するGuaranteeは信用力が高く、スムーズに受け入れられます。保険未加入の場合は、貨物価格の数パーセントから数十パーセントに及ぶ高額な現金を、数年にわたる精算期間中、供託し続けなければなりません。

貨物損傷時の対応

貨物に損傷がある場合は、引取り時に必ずリマーク(異議留保)を付け、共同海損精算人および保険会社のサーベイヤーによる立ち会い検査を実施してください。この検査報告書は、将来支払うべき分担金を減額させるための決定的な証拠となります。台湾の主要港(基隆、高雄、台中)での貨物引取りに際しては、船会社が海事優先権に基づき貨物の引渡しを拒否(Lienの行使)することがあります。迅速な書類提出と担保提供が不可欠です。

台湾法における1年の時効と海事優先権

台湾法下で最も注意すべきは時効です。台湾海商法第32条は、海事優先権(Maritime Lien)について、その債権発生の日から1年で消滅すると定めています。共同海損の分担金請求権もこの海事優先権によって担保されています。共同海損の精算作業は複雑で、精算書が完成するまでに1年以上かかることは珍しくありません。

しかし台湾法では、精算作業中であっても1年という期間は進行します。そのため、船主側は時効完成を防ぐために、1年が経過する直前に訴訟提起や支払督促の申し立てを行ってくることがあります。逆に、荷主側が船主に対して貨物の損傷に関する損害賠償請求(カウンタークレーム)を行う場合も、同様に1年という短期消滅時効(海商法第56条第2項)が適用されます。

ヨーク・アントワープ規則と台湾法の時効規定

ヨーク・アントワープ規則(2016年版など)には、時効について別途の規定(精算書発行から1年など)が含まれている場合があります。ただし、台湾の裁判所がこれを強行法規である海商法の時効規定よりも優先するかどうかは、事案ごとの慎重な判断が必要です。安全策をとるならば、事故発生から1年が絶対的なデッドラインであると認識し、それまでに時効中断の措置(時効延長合意の締結や訴訟提起)を講じてください。この期限管理を誤ると、正当な権利を持っていても、法的に主張する機会を永久に失うことになります。

まとめ

台湾における共同海損への対応は、日本とは異なる法的枠組みと厳格な時間的制約の中で行われます。特に、最高法院が求める共同の危険の厳格な認定基準、海商法第115条が定める過失と分担義務の二重構造、そして第32条の1年という短期消滅時効は、日本企業の担当者が陥りやすい落とし穴です。船主からの請求を鵜呑みにせず、YARの規定と台湾海商法の強行法規を照らし合わせ、適切なタイミングで権利を主張することが、会社の資産を守るために不可欠です。

モノリス法律事務所は、IT・クロスボーダー法務における豊富な経験と、台湾の椽智商務科技法律事務所との強力な連携体制を有しています。椽智商務科技法律事務所は、台湾法弁護士資格を持つ専門家を擁し、現地での証拠保全、船会社との交渉、複雑な海事訴訟に至るまで、日本語でシームレスなサポートを提供可能です。台湾海峡という不確実な海でビジネスの舵を取る皆様にとって、我々は法的リスクという暗礁を回避するための羅針盤となります。

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