台湾の港で船舶を差し押さえるには?船舶仮差押えの手続きと要件

台湾の港で船舶を差し押さえるには?船舶仮差押えの手続きと要件

日本と台湾は地理的に近接しており、古くから密接な経済関係を築いてきました。多くの日本企業にとって台湾は重要な貿易パートナーです。東アジアにおける海上物流の要衝として、高雄港、基隆港、台中港などの主要港湾を利用する機会も多いでしょう。

しかし国境を越えたビジネスには常にリスクが伴います。売買代金の未払い、用船料の滞納、貨物の損傷、船舶衝突事故など、海事ビジネスにおけるトラブルは突発的に発生し、損害額も巨額になる傾向があります。こうした事態に直面した際、債権回収を確実にするための強力な法的手段の一つが、相手方の主要資産である船舶を物理的に拘束する「船舶の差押え(Ship Arrest)」です。

台湾における船舶差押えの手続きは、日本や欧米の海事法制とは異なる独自の法的枠組みの中で運用されています。台湾は国際的な船舶差押えに関する条約の加盟国ではありません。独自の国内法である民事訴訟法、強制執行法、海商法に基づいて手続きが進められます。日本法における仮差押えに相当する民事保全手続きを経る必要があり、厳格な疎明や高額な保証金の供託、独特な執行費用の納付が求められます。実務的なハードルは決して低くありません。

予期せぬトラブルに備え、迅速かつ適切な法的措置を講じるためには、台湾特有の法制度や最新の実務運用を正確に理解しておくことが不可欠です。本記事では、台湾における船舶仮差押えの法的根拠、具体的な要件と手続き、費用構造、日本法との比較について、最新の法令や判例に基づき網羅的に解説します。

台湾における船舶差押えの法的根拠と国際的地位

台湾で船舶を差し押さえる際、まず前提として理解すべきは、台湾が船舶差押えに関する主要な国際条約の当事国ではないという事実です。世界的に多くの海事国が批准している1952年の船舶の差押えに関する国際条約や1999年の同条約に、台湾は加盟していません。これは台湾の国際政治上の特殊な地位に起因するものです。実務上は、台湾の港にある船舶に対して条約上の権利を直接主張することはできず、すべて台湾の国内法に基づいて処理されることになります。

具体的に適用される法律は主に3つあります。第一に、保全処分の手続き全般を規定する民事訴訟法。第二に、差押えの執行方法や費用について定める強制執行法。第三に、船舶特有の実体権利関係や差押えの制限について規定する海商法です。

台湾の裁判所や実務家は、法の解釈において国際条約の精神や国際海事慣習を参照することはあります。しかし法的拘束力を持つのはこれらの国内法です。日本企業が台湾で法的措置を検討する際には、国際的な常識のみに頼るのではなく、台湾国内法の条文に即した緻密な戦略が必要となります。

台湾法における民事保全手続きとしての仮差押えの性質

台湾法における民事保全手続きとしての仮差押えの性質

台湾法における船舶の拘束は、英米法系諸国で見られる対物訴訟(Action in Rem)の概念とは根本的に異なります。対物訴訟とは、船舶そのものを被告として訴えを提起し、所有者個人の責任を問うことなく船舶を拘束できる制度です。台湾法はこの制度を採用していません。台湾における船舶差押えは、債務者である個人または法人に対する対人訴訟(Action in Personam)の付随手続きとして位置づけられています。

具体的には、債権者が本案訴訟の判決を得る前に、債務者の財産隠匿や処分を防ぐために行う仮差押えの申立てを通じて行われます。これは日本の民事保全法における仮差押えと概念的に類似しています。船舶はあくまで債務者の一般財産の一つとして扱われ、その拘束は将来の強制執行を保全するための暫定的な措置という位置づけになります。

この対人訴訟という性質は、実務上極めて重要な制約をもたらします。原則として差し押さえ対象となる船舶の所有者と債権の債務者が同一でなければなりません。例えば、定期用船者が燃料代を支払わない場合を考えてみましょう。燃料供給業者がその用船者の運航する船舶を差し押さえようとしても、船舶の所有者が用船者とは別の船主である場合、原則として仮差押えは認められません。船主は燃料代の債務者ではないからです。用船者の債務であっても船舶そのものにリンクして差押えを認める法域とは大きく異なるため、注意が必要です。ただし後述するように、海事優先特権が成立する場合については重要な例外が存在します。

台湾で求められる疎明と保証金の厳格な要件

台湾の裁判所に船舶仮差押えを申し立てる際、最も重要なハードルとなるのが保全の必要性の疎明と保証金の供託です。民事訴訟法第523条は、仮差押えの要件として「強制執行が不能になる、または著しく困難になるおそれがある場合」を挙げています。船舶は本来的に移動性を有する資産であり、容易に領海を離脱して管轄外へ逃避できます。一般の不動産などに比べればこの要件は満たしやすいと言えます。

しかし単に船舶であるという事実だけで自動的に認められるわけではありません。債務者の信用状態の悪化、当該船舶が唯一の資産であること、外国籍船であり台湾国内に他の資産を有していないことなどを具体的に主張・疎明する必要があります。

さらに特筆すべきは、2003年の民事訴訟法改正により厳格化された第526条の運用です。かつての運用では、債権者が保証金を供託すれば、請求原因や保全の必要性についての疎明が不十分でも仮差押えが発令される傾向にありました。しかし現行の第526条では、債権者はまず請求および仮差押えの原因について一定の疎明を行わなければなりません。その疎明が不足している場合に初めて、裁判所が定めた保証金の供託を条件として仮差押え命令を発令できるという構造になっています。

これは実務上、非常に重要な意味を持ちます。債権の存在を示す証拠(契約書、請求書、未払いの経緯を示すメール等)を全く提出せず、単にお金を積むから船を止めてくれという申立ては認められません。疎明が全くない場合には、いかに高額な保証金を提供しようとも仮差押えは認められないと解されています。日本企業としては、申立ての段階で可能な限り詳細な証拠資料を準備し、台湾の弁護士を通じて論理的な疎明を行う準備が不可欠です。

台湾での船舶仮差押えにかかる高額な保証金と執行費用

台湾での船舶仮差押えにかかる高額な保証金と執行費用

日本企業が台湾での船舶仮差押えを検討する際、最も慎重に考慮すべきなのが、手続きに伴う高額な金銭的負担です。これは主に保証金と執行費用の二つから構成されます。

保証金の負担

裁判所が仮差押え命令を発令する条件として、債権者に対してほぼ例外なく担保の提供を命じます。これは万が一その仮差押えが不当なものであった場合に、船舶所有者が被る損害を賠償するための原資となります。具体的には、後に本案訴訟で敗訴した場合などに、運航停止による逸失利益や港費などを填補するものです。

保証金の額は裁判官の裁量で決定されますが、実務上の相場は請求債権額の3分の1から全額の範囲で設定されることが一般的です。多くのケースでは3分の1(約33%)程度で落ち着くことが多いですが、事案の性質や疎明の程度によっては半額や全額を求められることもあります。この保証金は原則として現金または裁判所が認める有価証券で提供する必要があり、多額のキャッシュフローが一時的に固定されることになります。

執行費用の負担

保証金とは別に、仮差押えの執行そのものにかかる手数料として、裁判所に納付しなければならない執行費用が存在します。台湾の強制執行法第28条の2および関連する費用徴収基準に基づき、財産権に関する強制執行の申立てには請求金額の0.8%に相当する執行費用がかかります。なお5000台湾ドル未満の少額事件は免除されますが、海事案件では稀です。

1000万台湾ドルの債権回収のために船舶を差し押さえる場合、その0.8%にあたる約8万台湾ドルを、申立ての段階で手数料として納める必要があります。この費用は還付される保証金とは異なり、手続きを進めるためのコストとしての性格が強いため、事前の予算計画において見落とせません。ただし本案訴訟で勝訴し、終局的な強制執行が完了した場合には、この費用を債務者負担として回収できる可能性はあります。

台湾海商法特有の制限:発航準備完了後の差押え禁止

資金と書類の準備が整ったとしても、タイミングを逸すれば差押えは不可能となります。最大の障壁となるのが、台湾海商法第4条による時間的制限です。同条は「船舶保全手続きの強制執行は、船舶が発航準備を完了した時から、次の停泊港に到着する時まで、これをしてはならない」と明定しています。

この規定は、出航直前の船舶を差し押さえることが、乗客や貨物の安全、港湾の運行スケジュール、貿易の円滑性に多大な支障をきたすことを防ぐための政策的なものです。発航準備完了の具体的な時点は個別の事案ごとに判断されます。一般的には、税関での出港手続きが完了し、水先人が乗船可能な状態になり、機関の準備が整った時点などが考慮されます。債権者が差押え命令を取得していたとしても、執行官が現場に到着した時点で船舶が既にこの発航準備完了の状態にあると判断されれば、執行は拒絶される可能性があります。

この原則には2つの重要な例外があります。一つは、当該航海を行うために不可欠な債務に基づく差押えの場合です。燃料費、港湾料、水先料、緊急修理費などがこれに該当します。もう一つは、船舶衝突により生じた損害賠償請求に基づく場合です。これらの債権に基づく差押えであれば、発航準備が完了した後であっても船舶を止めることが可能です。

一方、それ以外の一般の商事債権(過去の未払い金や貨物損害賠償など)の場合は、この制限が厳格に適用されます。船舶が入港する前から情報を収集し、入港と同時に手続きを開始するような迅速性が求められます。

台湾における海事優先特権と債務者の同一性

前述の通り、台湾では対人訴訟の原則により、債務者と船主が同一でなければ差押えができません。しかしこの原則を突破できる強力な権利が海事優先特権です。台湾海商法第24条は、特定の債権について海事優先特権を認めています。具体的には、船員等の雇用契約に基づく債権、船舶の運航に直接起因する人身損害、海難救助料、船舶の運航に関連する不法行為債権、港湾料などが含まれます。

これらの債権を有する場合、債権者はその船舶の所有者が誰であるかに関わらず、また所有権が移転した後であっても、その船舶自体を担保として差し押さえ、優先的に弁済を受ける権利を行使できます。例えば、用船者が運航中に岸壁に衝突して損害を与えた場合、その損害賠償請求権は海事優先特権に該当します。被害者は船主が衝突の当事者でなくとも、その船舶を差し押さえることが可能です。

一方で、船舶への燃料供給に関する債権は台湾海商法第24条のリストに含まれていない点に注意が必要です。多くの国では燃料供給債権に優先特権や対物訴訟による差押え権を認めていますが、台湾ではこれが認められていません。用船者手配の燃料代未払いの場合、海事優先特権に基づく差押えはできず、船主に対する債権でもないため、原則として船舶の差押えは困難となります。

台湾の判例研究:2021年台湾高等法院高雄分院民事決定

台湾の判例研究:2021年台湾高等法院高雄分院民事決定

台湾における船舶仮差押えの実務感覚を掴む上で、2021年に高雄で争われた事例は非常に示唆に富んでいます。この事案では、ある外国籍船舶において外国籍船員に対する賃金の未払いが発生しました。船員らを支援する団体は、未払い賃金債権を被保全権利として、高雄港に停泊中の当該船舶に対し仮差押えを申し立てました。

当初、一審である高雄地方法院はこの申立てを却下しました。しかし債権者側がこれを不服として抗告したところ、二審である台湾高等法院高雄分院は2021年8月、原決定を取り消し、船舶の仮差押えを許可する決定を下しました。この逆転決定の背景には、船員賃金が海事優先特権によって厚く保護されるべき権利であることがあります。また当該船舶が修理後に台湾を出国すれば債権回収が著しく困難になるという保全の必要性も認められました。

高等法院の許可決定を受けて債権者は直ちに差押えの執行手続きを開始しました。船主側は船舶の運航停止を避けるために請求額全額に相当する解放金を供託し、これにより仮差押えは解除されました。しかし債権者は現金による担保を確保することに成功し、その後の交渉において有利な立場を得ることができました。

この事例からは、一審で却下されても上級審で適切な法的論拠を提示することで結果を覆せる可能性があることがわかります。また高雄のような主要港を管轄する裁判所支部においては、海事事件特有の事情を考慮した判断が期待できることも示しています。

日本法との比較:日本企業が知るべき台湾との相違点

日本企業にとって、台湾の制度は日本の民事保全法と似ているようでいて、決定的な違いがいくつか存在します。まず条約への加盟について、日本も台湾も船舶の差押えに関する条約に加盟していません。法的性質についても、両国とも対人訴訟・仮差押えという点で共通しています。

最大の違いはコスト構造です。日本では申立手数料自体は数千円程度と低額で、予納金と保証金の額が主な負担となります。保証金は裁判所の裁量ですが、疎明の程度により減額の余地があります。一方、台湾では保証金が必須かつ高額で、通常請求額の3分の1から全額が求められます。

さらに台湾では執行費用として請求額の0.8%を納付する必要があり、上限がありません。日本では申立手数料自体は低額ですが、台湾では保証金に加えてこの0.8%の執行費用という戻ってこない費用が発生します。数億円規模の紛争では、この0.8%だけで数百万円の出費となります。日本企業が台湾で法的措置をとる際には、このコストを回収可能性と天秤にかけて判断する必要があります。

発航準備完了後の制限については、日本では商法第849条により、台湾では海商法第4条により、いずれも原則差押え不可となっています(例外あり)。燃料供給債権の扱いも両国で似ています。日本では先取特権がなく債務名義が必要なのが原則であり、台湾でも海事優先特権に含まれていないため対物的な差押えは困難です。

まとめ

台湾における船舶仮差押えは、債権回収に向けた極めて強力な圧力となりますが、その成功にはスピード、資金力、現地法の正確な理解が不可欠です。船舶が港に滞在する時間は限られています。発航準備完了になる前に執行を完了させるよう、船舶の動静を正確に把握し、入港前から法的準備を進める必要があります。また請求額の3分の1から全額の保証金と、0.8%の執行費用を即座に用意できるキャッシュフローも重要です。さらに対人訴訟の原則に基づき、債務者と船主の一致を確認すること、あるいは自身の債権が海事優先特権に該当するか否かを精査することが勝敗を分けます。

モノリス法律事務所は、IT・クロスボーダー法務における高い専門性と、台湾の提携事務所である椽智商務科技法律事務所との強固なネットワークを活用し、日本企業の皆様が直面する台湾での海事トラブルに対し、法的な側面から全力でサポートいたします。台湾の裁判所での手続き、現地での交渉、最終的な債権回収に至るまで、言語や法制度の壁を越えたワンストップでの対応が可能です。万が一のトラブルの際は、時機を逃さずご相談ください。

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