台湾駐在員の税務完全ガイド:90日・183日ルールの居住者判定と日台租税協定の適用実務
台湾は日本のビジネスパートナーとして、また半導体産業を中心としたイノベーションの拠点として重要性を増し続けています。日本企業が台湾へ進出する際、駐在員や長期出張者の税務管理は避けて通れない課題です。個人の所得税における居住者と非居住者の判定は、日本と台湾でその基準が大きく異なるため、多くの企業で誤解が生じやすい領域といえます。日本の税法が生活の本拠という実質的な状況を重視するのに対し、台湾の税務実務は滞在日数という客観的な数値を絶対的な基準として適用します。
注意を要するのは、短期滞在免税の境界線となる90日と、全世界所得課税の対象となるか否かの分水嶺である183日という二つの数字です。これらは単なる日数基準ではなく、適用される法律によって計算方法さえも異なる複雑な法的構造を持っています。2025年には租税協定に基づく還付請求期間が従来の5年から10年に延長されるなど、納税者の権利保護に関する重要な改正も行われています。
本記事では、台湾駐在員の税務リスクとコンプライアンスの要点を法的な視点から解説します。
目次
台湾所得税法における居住者判定の法的構造
台湾における個人所得税(綜合所得税)の課税範囲を決定する上で、最も基本的かつ重要なのが納税義務者の区分です。台湾の所得税法第7条は、納税義務者を台湾国内に居住する個人(居住者)と非居住者に明確に区分しています。この判定により、適用される税率や課税所得の範囲が決定的に異なります。
台湾の税法において、居住者は大きく二つの類型に区分されます。第一に、台湾国内に「住所(domicile)」を有し、かつ継続的に台湾に居住する者です。ここでいう住所とは、戸籍の有無のみで形式的に判断されるものではなく、生活の本拠が台湾にあるかどうかという実質的な居住状況に基づいて判断されます。したがって、日本から派遣される駐在員であっても、台湾に生活の中心を置くと認められる場合には、この類型に該当する可能性があります。
実務上重要となるのは第二の定義です。台湾国内に住所を有しない場合でも、一課税年度(1月1日から12月31日)内に合計183日以上滞在した者は居住者とみなされます。滞在日数が183日に満たない場合は、原則として非居住者として取り扱われます。日本の税法における居住者判定が、職業や資産の所在、家族の居住地などを総合的に勘案する実質判定を中心とするのに対し、台湾の外国人に対する判定は暦年での183日滞在という形式的基準にほぼ収斂する点が大きな違いです。
台湾における滞在日数計算の入国日・出国日の取り扱い
183日のカウント方法は、適用する法令によって異なるため、極めて慎重な運用が求められます。ここに多くの日本企業が陥りやすい法的な落とし穴が存在します。台湾の国内法(所得税法)に基づいて居住者か非居住者かを判定する場合、財政部の解釈通達により入国日は算入せず、出国日を算入するという計算方法が採用されています。これは民法上の期間計算の原則(初日不算入)に準拠した運用です。たとえば、4月1日に入国し4月10日に出国した場合、滞在日数は4月2日から10日までの9日間として計算されます。
一方で、後述する日台租税協定の適用を検討する際には、国際的な基準である物理的滞在基準(Physical Presence)が採用されます。この基準では、入国日も出国日も、その日の一部でも台湾に滞在していれば1日としてカウントされます。同じ出張日程であっても、国内法上の居住者判定を行う場合と、租税協定の免税要件を確認する場合とで、計算される滞在日数が異なる事態が発生します。183日ギリギリの滞在となるケースでは、この1日ないし2日の計算差が、課税か免税かの結論を覆す要因となり得ます。
台湾の90日ルールと源泉徴収の実務

台湾に滞在する日数が一暦年内で90日以下である場合、特定の条件下で給与所得に対する課税が免除されます。これが90日ルールと呼ばれるものです。所得税法第8条および関連規定によれば、給与等の報酬が台湾域外にある雇用主(日本の親会社など)から支払われていること、その給与費用が台湾の支店や子会社、恒久的施設(PE)によって負担されていないことの両方を満たす場合、台湾での役務提供に対する給与は課税対象外となります。この場合、台湾での申告や納税は不要です。
ただし、滞在が90日以下であっても、給与が台湾現地法人から支払われている場合、あるいは日本払いであってもその費用が台湾法人に請求されている場合は、台湾源泉所得として課税対象となります。この場合、非居住者に対する課税として、原則として18%の税率による源泉徴収が行われます。意図せず90日を超過してしまった場合、当初免税と判断していた期間も含めて課税関係が再計算されるリスクがあるため、出張者の日数管理は厳密に行う必要があります。
台湾滞在90日超183日未満のグレーゾーンと日台租税協定
滞在日数が90日を超え、かつ183日に満たない期間は、税務上最も複雑なグレーゾーンとなります。台湾の国内法上、90日を超えた時点で、日本で支払われる給与を含め、台湾での勤務に対応するすべての給与が台湾源泉所得とみなされ、18%の税率で課税されます。この区分では、居住者に認められる基礎控除などの適用がないため、税負担が非常に重くなる傾向があります。
ここで重要となるのが、2017年に発効した日台租税協定(所得税協定)の適用です。協定第15条(短期滞在者免税)によれば、以下の3つの要件をすべて満たす場合、90日を超えても183日以内であれば、台湾での課税が免除され、日本のみで課税されることになります。
当該暦年において台湾での滞在日数が合計183日を超えないこと、報酬が台湾の居住者でない雇用主(日本法人等)から支払われていること、報酬が雇用主が台湾内に有する恒久的施設(PE)によって負担されていないこと、の3点です。
この規定を適用するためには、自動的に免税となるわけではなく、台湾の税務当局に対して所定の手続きを行う必要があります。日本の税務署が発行する居住者証明書やパスポートの写し、給与明細などを添付し、非居住者申告または還付請求を行うことになります。
台湾における183日超の居住者課税と累進税率の適用

一暦年内の滞在日数が183日以上に達すると、その個人のステータスは居住者となり、課税方式が抜本的に変化します。非居住者に対する18%の分離課税から、5%〜40%の超過累進税率による総合課税へと移行します。
2025年申告(2024年所得分)における累進税率は、課税所得純額59万台湾ドル以下が5%、59万台湾ドル超133万台湾ドル以下が12%、133万台湾ドル超266万台湾ドル以下が20%、266万台湾ドル超498万台湾ドル以下が30%、498万台湾ドル超が40%となっています。
居住者となることのメリットは、各種所得控除が適用可能になる点です。納税者本人、配偶者、扶養親族に対する基礎控除(1人あたり97,000台湾ドル)、標準控除(単身者131,000台湾ドル)、給与所得特別控除(最大218,000台湾ドル)などを活用することで、課税所得を圧縮できます。
年度の途中で183日を超え、居住者となった場合、それまでに非居住者として源泉徴収された18%の税額についても、居住者として再計算が行われます。多くの場合、確定申告を行うことで過払い分の税金が還付されます。
台湾税務の最新動向:還付請求期間の延長と基本税額(AMT)
2025年に向けて、台湾の税務環境にはいくつかの重要な変更があります。特筆すべき改正として、租税協定に基づく還付請求期間の延長が挙げられます。2025年4月、台湾財政部は所得税協定適用管理弁法の第34条を改正し、租税協定の恩恵を受けるための還付請求期間を、従来の税金納付日から5年以内から10年以内に延長することを決定しました。過去に租税協定の適用を失念していた場合でも、より長い期間に遡って過誤納金の還付を請求できる道が開かれました。
また、居住者に対して適用される基本税額条例(AMT)についても調整が行われています。AMTは、海外所得(日本での不動産所得や配当など)を含めた所得に対して最低限の税負担を求める制度です。2024年度(2025年申告分)より、この計算における定額控除額が750万台湾ドルに引き上げられました。海外所得が100万台湾ドル以上ある場合は合算対象となりますが、控除額の引き上げにより、一般的な駐在員が追加納税を迫られるケースは限定的になりつつあります。
還付請求期間の延長に関する公式発表は、以下の台湾財政部のウェブサイトで確認できます。
参考:【台湾財務部】租税条約の適用申請期限を10年に延長:所得税二重課税防止協定の適用規則を改正
まとめ
台湾における駐在員の税務は、滞在日数による厳格な区分と、国内法・租税協定の複雑な相互作用の中にあります。90日と183日という境界線を正確に管理し、適切なタイミングで租税協定の適用申請を行うことが、企業のコンプライアンス維持とコスト適正化の鍵となります。2025年の法改正による還付請求期間の延長は、過去の税務処理を見直す好機ともいえるでしょう。
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