日本企業による台湾企業の株式取得:公開買付け(TOB)の規制

日本企業による台湾企業の株式取得:公開買付け(TOB)の規制

台湾は半導体やAI技術の中心地として、その戦略的重要性を飛躍的に高めています。TSMCの熊本工場建設に象徴されるように、日本と台湾のサプライチェーンはかつてないほど強固に結びついています。これに伴い、日本企業による台湾企業のM&Aや資本提携の動きも活発化しています。

しかし、台湾の上場企業に対する株式取得には、日本とは異なる独自の法的リスクや手続きの罠が潜んでいます。特に企業の支配権を左右する公開買付け(TOB)や、株式の買い集め段階で問題となる大量保有報告制度については注意が必要です。日本企業が日本の常識をそのまま適用すると、意図せぬ法令違反や買収の失敗を招く恐れがあります。

本記事では、2024年5月に施行された最新の法改正情報を踏まえ、日本企業が台湾企業の株式を取得する際に押さえておくべき現地の規制と実務上の留意点を解説します。

台湾証券取引法における大量保有報告制度の厳格化

日本企業が台湾の上場企業の株式取得を検討する際、最初に直面する法的ハードルが大量保有報告制度です。市場の透明性を確保し、投資家に早期の情報を提供するために設けられた制度ですが、2024年に大きな改正が行われました。

2024年法改正による5%ルールの導入

台湾の証券取引法は2023年に改正され、2024年5月10日より、大量保有報告義務が発生する持株比率の閾値が従来の10%から5%へと引き下げられました。日本企業が台湾の上場企業の株式を市場内または市場外で取得し、保有比率が単独または共同保有者と合わせて5%を超えた場合、直ちに報告義務が生じます。この改正は、米国や日本などの国際的な規制基準に合わせ、企業の支配権に影響を与えうる株式の移動をより早期に開示させることを目的としています。

この変更は、M&Aの初期段階における戦略に重大な影響を与えます。従来であれば、10%未満までは隠密裏に株式を買い集める打診買いが可能でした。しかし現在は5%を超えた時点で保有事実と保有目的が明らかになります。対象企業経営陣に早期のアラートを送ることになり、敵対的な買収はもちろん、純粋な投資であっても警戒感を招く可能性があります。取得のペースやタイミングをより慎重に計画する必要があるでしょう。

手続きのデジタル化と報告期限

規制の強化と並行して、報告手続きの効率化も図られました。現在は公開情報観測ステーション(MOPS)を通じた電子申告に一本化されています。報告義務については、2024年5月の法改正により、初めて5%を超えて株式を取得した場合、取得日から10日以内に申告を行う必要があります。その後、保有比率が1%以上変動した場合には、取得人は事実発生日から2日以内に公告を行い、主管機関への変更申報も行う必要がある点に注意が必要です。

報告書には、取得者の身元、保有株数、取得資金の出所(自己資金か借入金か)、そして取得の目的を記載しなければなりません。取得目的については、経営権への関与の有無今後1年間の追加取得計画などを具体的に記述する必要があります。曖昧な記載や虚偽の記載を行うことは、後の公開買付け実施時において重大なコンプライアンス違反として追及されるリスクとなります。

台湾における公開買付け(TOB)規制の核心

台湾における公開買付け(TOB)規制の核心

一定数以上の株式を取得し、経営権の獲得を目指す場合、避けて通れないのが公開買付け(TOB)です。台湾におけるTOB規制は、日本の金融商品取引法と似ている部分もあります。しかしトリガーとなる基準や手続きの細部において決定的な違いが存在します。

台湾の強制的公開買付けにおける20%ルール

日本企業が最も注意すべき点は、強制的公開買付けが発動する閾値の低さです。台湾の証券取引法では、単独または他人と共同して、50日以内に、公開会社の発行済株式総数の20%以上を取得する意図がある場合は、公開買付けの手続きによらなければならないと定めています。

比較項目日本(金融商品取引法)台湾(証券取引法)
強制TOBの閾値1/3(33.3%)超20%以上
期間要件特になし(急速買付規制等は除く)50日以内
対象となる取引原則として市場外取引が対象市場内外を問わず適用される可能性あり

日本の3分の1ルールに慣れていると、20%という数字は非常に低く感じられます。たとえば、主要株主との相対取引で25%の株式を譲り受けるケースでは、日本ではTOBが不要となる場合もあります。しかし台湾では間違いなく強制TOBの対象となります。

50日以内という期間要件があるため、理論上は長期間かけて市場内で少しずつ買い集めることで20%を超えることは可能です。ただし、規制当局がこれを脱法的な計画的取得とみなすリスクがあるため、実務上は推奨されません。

台湾TOBにおける買付期間とプロセスの特徴

公開買付けの期間は、原則として20日以上50日以内と定められています。正当な理由がある場合は、規制当局への届出により最大50日間延長することが可能ですが、延長は1回に限られます。日本の場合、買付期間は営業日ベースで計算されますが、台湾では暦日(カレンダー上の日数)で計算される点に注意が必要です。期間中に春節(旧正月)などの大型連休が含まれる場合、実質的な稼働日が大幅に短くなる可能性があります。スケジューリングは現地のカレンダーを熟知した上で行う必要があります。

台湾のTOBにおいては、対象会社の独立審査委員会が重要な役割を果たします。対象会社は、TOBの届出を受領してから15日以内に、独立取締役(社外取締役)で構成される審査委員会を開催しなければなりません。この委員会では、買付価格の公正性や買収の合理性を評価した上で、株主に対して応募すべきか否かの勧告を行います。委員会の意見は株主の判断に大きな影響を与えます。そのため買収者は事前に公正価値評価書(Fairness Opinion)を取得し、合理的なプレミアムを提示することで、委員会の賛同を得る努力が求められます。

台湾と日本の法制度における重要な相違点

日本企業が台湾でM&Aを行う際、日本の法制度との違いを理解していないと、買収戦略の根本に関わる誤算が生じます。

スクイーズ・アウト(完全子会社化)の手法の違い

日本におけるM&Aでは、TOBによって90%以上の株式を取得できれば株式売渡請求によって、また3分の2以上を取得できれば株式併合によって、比較的容易に少数株主を排除(スクイーズ・アウト)し、完全子会社化することが可能です。しかし台湾の法制度には、TOB後の手続きとして自動的に少数株主を排除できるような強力なスクイーズ・アウト制度は存在しません。台湾企業を100%完全子会社化するためには、TOBの完了後に、改めて企業併購法(M&A法)に基づく合併や株式交換の手続きを行う必要があります。これには株主総会での特別決議(出席株主の議決権の過半数、かつ発行済株式総数の3分の2以上の同意など)が必要となります。

TOBで過半数を取得したとしても、その後の株主総会で否決されれば完全子会社化は達成できないというリスクが残ります。当初から完全子会社化を目指す場合は、TOBの段階で合併承認に必要な議決権数を確保できるかどうかが極めて重要な判断基準となります。

台湾TOBにおける対価の種類と柔軟性

公開買付けの対価として、台湾でも現金以外に株式や社債を用いることが認められています。しかし実務上は現金対価が圧倒的に主流です。株式対価(株式交換TOB)を行う場合、買収者側の株式の流動性や評価額について厳しい審査が行われることが多く、手続きが複雑化するためです。日本企業が買収者となる場合、台湾の投資家にとってなじみの薄い日本株を対価とするよりも、現金による買収の方が好まれる傾向にあります。

台湾における敵対的買収と防衛策:主要事例からの教訓

台湾における敵対的買収と防衛策:主要事例からの教訓

台湾市場においても、敵対的買収は決して珍しいものではありません。過去の事例は、日本企業が台湾で直面する可能性のあるリスクと対処法を示唆しています。

価格決定権を持つ株主の動向

世界的な半導体封止・測定企業同士の争いであったASE対SPIL事件は、敵対的TOBが成功した象徴的な事例です。買収を仕掛けられたSPIL側は、別の企業(ホワイトナイト)との株式交換による提携で対抗しようとしました。しかし最終的に株主はASEが提示した現金によるプレミアム価格を支持しました。

この事例から言えることは、台湾の株主、特に外国人機関投資家は、経営陣の保身的な防衛策よりも、経済的な合理性をシビアに判断するということです。日本企業が友好的な買収を提案する場合でも、提示価格が市場の期待値を下回れば、独立審査委員会や株主から拒絶されるリスクがあることを常に意識する必要があります。

台湾会社法の大同条項と大株主の権利

老舗家電メーカー大同公司(Tatung)の経営権争いをきっかけに導入された、会社法第173条の1、通称「大同条項」も重要です。これは、発行済株式総数の50%以上の株式を3ヶ月以上継続して保有する株主は、取締役会の承認を得ることなく、自ら臨時株主総会を招集できるという規定です。

この条項は、過半数の株式を握った買収者にとって強力な武器となります。既存の経営陣が買収後の統合に抵抗し、取締役会を開催しないなどの妨害工作を行ったとしても、買収者は自らの権限で株主総会を開き、取締役を解任・選任して経営権を掌握することができます。逆に言えば、日本企業が買収される側になった場合、50%超を握られれば防衛は極めて困難になります。

台湾における外資規制と投資審査

証券取引法以外の重要なハードルとして、外国人投資家に対する投資審査について触れます。日本企業が台湾企業の株式を取得する場合、原則として経済部投資審議委員会(MOEAIC)の許可が必要です。通常の外国投資であれば審査は比較的スムーズですが、中国資本(陸資)とみなされる場合は注意が必要です。台湾では安全保障上の観点から、中国大陸の資本が入っている企業からの投資を厳しく制限しています。

日本企業であっても、株主構成や役員構成の中に中国資本の影響力が強いと判断された場合、あるいは資金源に中国系ファンドが含まれている場合、陸資として扱われ、投資が許可されない可能性があります。特にテクノロジーやインフラに関連する分野では審査が厳格化しています。事前のデューデリジェンスにおいて自社の資本構成が台湾の規制上どう扱われるかを確認しておくことが不可欠です。

まとめ

日本企業による台湾企業の株式取得は、両国の経済関係の深化に伴い、今後さらに増加することが予想されます。その成功のためには、2024年に改正された5%ルールによる早期開示義務、20%という低い閾値で発動する強制TOB規制、そして日本とは異なるスクイーズ・アウトの手法など、台湾固有の法的枠組みを正確に理解し、戦略に組み込むことが不可欠です。

モノリス法律事務所は、IT・テクノロジー関連法務における高度な専門性を有し、クロスボーダーM&Aにおける技術資産の評価やリスク分析を得意としています。台湾現地の提携先である椽智商務科技法律事務所との緊密な連携により、台湾の証券取引法や会社法に基づく複雑な手続き、当局との折衝、さらには現地での訴訟対応まで、ワンストップでサポートする体制を整えています。言語や商慣習の壁を超え、日本企業の台湾進出と事業拡大を法的側面から強力に支援いたします。

監修

河瀬 季

Toki Kawase

IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。

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