台湾で「不当解雇」と言われないために:パフォーマンス不足社員への対応実務
台湾に進出する日本企業にとって、期待したパフォーマンスを発揮できない社員(ローパフォーマー)への対応は深刻な経営課題です。台湾は地理的にも歴史的にも日本と密接な関係にあり、ビジネス文化でも多くの親和性があります。しかし、この「似ている」という感覚こそが、法務・労務管理で致命的な誤解を生む原因となっています。
日本企業の多くの人事担当者は、台湾の労働市場が日本より流動的だという認識から、能力不足の社員を解雇することは比較的容易、あるいは金銭解決さえ行えば問題ないと考えがちです。しかし、法的な現実は逆です。台湾の労働基準法および関連判例は、解雇に対して極めて厳格な制約を課しています。特に能力不足を理由とする解雇では、使用者に高度な立証責任とプロセス順守義務を求めています。この認識のギャップは、安易な解雇通知や退職勧奨につながります。結果として元従業員からの訴訟提起、不当解雇認定によるバックペイ(解雇期間中の賃金)支払い、行政罰としての過料や企業名公表といった重大なサンクションを招くことになります。
本記事では、最新の法令・判例に基づいた適法な対応実務を解説します。台湾の解雇法制の基本構造や、日台間で決定的に異なる解雇の金銭的義務や行政への報告義務について詳述します。
目次
台湾労働法制における解雇の法的構造
労働基準法が定める二つの解雇類型
台湾の労働法において、使用者が一方的に労働契約を終了させる行為は、その法的性質と根拠条文により明確に二つのカテゴリーに区分されます。この区分を誤ると、その後の手続すべてが違法となるリスクがあります。
第一の類型は「資遣」と呼ばれ、労働基準法第11条に規定されています。企業の経営上の理由(事業縮小、閉鎖、赤字など)や労働者の能力不足など、懲戒処分に該当するほどの重大な非行がない場合に行われる解雇です。第11条の主な事由としては、休業・譲渡、赤字・業務縮小、不可抗力による1ヶ月以上の休業、業務性質の変更による人員削減(配転の余地がない場合)、そして労働者が担当業務に対して確実な遂行能力を欠く場合が挙げられます。パフォーマンス不足社員への対応は、原則として第11条第5款を根拠として進められます。この場合、使用者は解雇予告(勤続年数に応じた事前予告または予告手当の支払い)、資遣費(法定の解雇手当)の支払い、資遣通報(行政機関への事前通報)の義務を負います。
第二の類型は「開除」であり、労働基準法第12条に規定されています。労働者による重大な契約違反や背信行為があった場合に適用されます。具体的には、労働契約締結時の経歴詐称、使用者や同僚に対する暴行・侮辱、有期懲役以上の刑の確定、労働契約や就業規則に対する重大な違反、故意による器物損壊や機密漏洩、正当な理由なき無断欠勤(連続3日または月間6日)などが該当します。第12条に基づく解雇は即時解雇が可能で、予告期間も資遣費の支払いも不要です。しかし、パフォーマンス不足や単なる成績不良を理由に第12条を適用することは実務上極めて困難です。裁判所は「重大な違反」の解釈を厳格に行っており、能力不足は通常、第11条の範疇で処理すべき問題とされます。
第11条第5款「不能勝任工作」の司法解釈
パフォーマンス不足を法的に構成する第11条第5款の「不能勝任工作(業務に堪えない)」について、台湾の最高法院は「客観的要件」と「主観的要件」の二重構造で解釈しています。客観的要件は能力の欠如を指し、労働者の専門知識、技術、体力などがその職務に求められる水準に達していない状態です。主観的要件は意欲の欠如を指し、能力はあるにもかかわらず労働者が「能為而不為(なし得るに為さず)」の状態にあることを意味します。怠慢、注意義務違反、協調性の欠如など、業務遂行に対する主観的な意思や態度の欠如がこれに該当します。
企業側は、当該社員がこれらの要件のいずれか、または双方に該当することを具体的な証拠で証明しなければなりません。単に営業目標未達という結果だけでは不十分であり、その原因が本人の能力や態度にあることを立証する必要があります。
解雇最後手段性の原則
台湾の労働裁判において、解雇の有効性を左右する最大の法理が「解雇最後手段性の原則」です。この原則はドイツ法に由来し、台湾の法体系に深く根付いています。その核心は、解雇は使用者が雇用関係を維持するためにあらゆる手段を尽くした後、それでもなお目的を達せられない場合にのみ許容される最後の手段でなければならないという点にあります。
具体的には、注意・指導を行ったか、教育訓練の機会を提供したか、業務改善計画(PIP)を実施したか、配置転換を検討したか、降格や減給などより軽い処分を検討したかが問われます。裁判所は、これらの回避努力が不十分であると判断した場合、たとえ労働者に能力不足の事実があっても、解雇を権利の濫用として無効とします。
台湾解雇法制と日本法の比較:実務上の決定的差異

日本企業の法務担当者が台湾の事案を扱う際、日本の労働法制の知識をそのまま適用することは危険です。特に解雇に伴う金銭的義務と行政手続において、両国には明確かつ重要な差異が存在します。
解雇規制の枠組み
日本では解雇権濫用法理(労働契約法第16条)により、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を総合判断します。一方、台湾では列挙主義(労働基準法第11条・12条)を採用しており、法律に列挙された法定事由に該当しなければ解雇できません。能力不足の扱いについて、日本では就業規則の普通解雇事由に基づきますがハードルは高いとされています。台湾では第11条第5款「不能勝任工作」に該当するかが争点となります。
解雇回避努力について、日本では整理解雇の4要素などで考慮されますが、個別の能力不足解雇では総合判断の一要素にすぎません。台湾では解雇最後手段性原則として厳格に適用され、PIPや配転検討がほぼ必須要件化しています。日本では解雇理由が就業規則に記載されていれば、その合理性が問われます。台湾ではまず「労基法のどの条文に該当するか」という入口の議論が厳格に行われ、法定事由への該当性が認められなければ、その時点で解雇は無効となります。
金銭的義務:解雇予告手当と資遣費の違い
最も大きな違いは、解雇に伴う金銭的支出の義務化です。日本の場合、労働基準法第20条により、30日前の予告を行わない場合は解雇予告手当(30日分以上の平均賃金)の支払いが義務付けられています。しかし退職金は法律上の義務ではなく、就業規則や退職金規程の定めに従います。解雇が有効であれば、法定のセベランス・ペイは存在しません。
台湾の場合、労働基準法第11条に基づく解雇(パフォーマンス不足解雇を含む)では、使用者は二つの金銭的義務を負います。まず解雇予告または予告手当として、勤続年数に応じた予告期間(10日〜30日)を置くか、その期間分の賃金を支払います。次に資遣費(法定解雇手当)として、就業規則の有無にかかわらず法律により支払いが強制されます。
資遣費の計算方法は、新制(労工退休金条例)と旧制(労働基準法)で異なります。新制は2005年7月1日以降の入社者、または同日以降に新制を選択した労働者が対象で、勤続1年につき平均賃金の0.5か月分(1年未満は日割計算)を支給し、総額は6か月分が上限とされています。これに対し旧制は、2005年7月1日以前からの旧制適用期間について、勤続1年につき平均賃金1か月分を支給します。6か月未満は0.5か月分、6か月以上1年未満は1か月分として計算されます。解雇(資遣)時の資遣費には総額の法定上限はありません。
多くの日本企業が誤解しているのは、予告手当さえ払えば即日解雇できるという点です。台湾では予告手当に加えて資遣費を支払う必要があり、たとえば勤続10年の社員であれば5ヶ月分の給与相当額となります。
行政手続:資遣通報の厳格な期限管理
実務上の最大のリスクポイントが「資遣通報」です。日本では、個別の解雇について事前に労働基準監督署へ届け出る義務はありません(大量離職等の例外を除く)。台湾では雇用服務法第33条により、使用者は第11条に基づく解雇を行う場合、労働者が離職する日の10日前までに所轄の主管機関および公立就業サービス機構に解雇者名簿を通報しなければなりません。対象は1名だけの解雇であっても必須で、期限は離職日の10日前(厳守)、違反した場合は3万台湾元以上15万台湾元以下の過料が科されます。
この10日前という期限は、解雇の効力発生日(退職日)から逆算されます。パフォーマンス不足の社員に対して即日解雇し、事後的に通報することは違法となります。たとえ予告手当を支払って即時退職させる場合でも、通報自体は法定期限を守って行われていなければならず、実務上は通報日から10日後を退職日とする等の調整が必要となります。
台湾における実践的PIP(業務改善計画)の設計と運用
解雇最後手段性を満たし、かつ不能勝任工作を立証するための核心的ツールが業務改善計画(PIP:Performance Improvement Plan)です。台湾の裁判所はPIPの有無だけでなく、その質と運用プロセスを詳細に審査します。
PIPの開始要件と事前準備
PIPを開始する前段階として、就業規則や雇用契約書における根拠規定の整備が重要です。さらに評価制度において、当該社員のパフォーマンスが客観的に低いことを示す記録(人事考課表、ミスの報告書、顧客クレームなど)が蓄積されている必要があります。
近年の高等法院判例では、会社がPIPの内容を事前に労働者に明確に提示せず、計画書を交付しないまま改善不十分を理由に解雇した事案について、手続の不備を理由に解雇を無効と判断した例が見られます。裁判所は、労働者が改善の機会を実質的に与えられていたかどうかを厳格に審査しています。
そのため、PIP開始時には必ず対象社員と面談を行い、計画書(書面)を提示し、その内容および評価基準、期間、未達の場合の取扱いまでを具体的に説明した上で、受領確認の署名を取得しておくことが実務上不可欠です。
目標設定の合理性
PIPにおける目標設定は、裁判で最も争点となりやすい部分です。目標は具体的かつ客観的でなければなりません。「頑張る」「態度を改める」といった抽象的な表現だけでは足りず、「月間売上◯◯元」「報告書の提出遅延ゼロ」「エラー発生率◯%以下」といった、測定可能な指標を明示する必要があります。裁判所は、達成度を客観的に検証できるかどうかを重視しています。
また、目標は当該社員の職務内容と合理的に関連していなければなりません。近年の高等法院判例では、本来の担当業務と実質的に関係のない改善項目を課し、その未達成を理由として解雇した事案について、解雇を無効とした例が見られます。目標設定は、職務記述書や実際の担当業務の範囲内に限定する必要があります。
さらに、目標の達成可能性も重要な判断要素です。地方法院レベルの判例では、PIP期間中に評価基準を一方的に引き上げるなど、達成を著しく困難にする運用が行われた場合、実質的に退職を強いる目的であったとして解雇を違法と判断した例があります。いわゆる「形式的なPIP」は、解雇回避努力として評価されない可能性が高い点に留意が必要です。
期間設定とプロセス管理
PIPの期間は、改善のために合理的かつ十分な長さでなければなりません。通常は3ヶ月〜6ヶ月程度が目安ですが、職務の複雑さによってはそれ以上が必要となる場合もあります。定期的なフィードバックとして、週1回または隔週で面談を行い、進捗状況を確認し、具体的な指導・助言を行う必要があります。これらの面談記録はすべて書面化し保存します。
教育訓練の提供も欠かせません。能力不足を理由とする場合、会社はその不足を補うための教育やトレーニングを提供する義務があります(台湾高等法院高雄分院111年(西暦2022年)度労上字第26号判決)。OJT、外部セミナー、マニュアルの再学習など、具体的な支援の実績作りが不可欠です。
評価の客観性と手続きの遵守
PIP終了時の評価は、主観的印象ではなく、事前に設定された目標に対する達成度に基づいて客観的に行われなければなりません。近年の高等法院判例では、社内規定上はPIP実施後に一定期間の追跡評価を行うと定めていたにもかかわらず、実質的な改善状況の検証を行わないまま形式的に評価を完了させた事案について、手続違反を理由に解雇を無効とした例が見られます。裁判所は、会社が自ら定めた評価プロセスを誠実に履行したかどうかを厳格に審査しています。
したがって、自社の就業規則やPIP規定で定めた手続は、形式だけでなく実質面においても遵守する必要があります。
適法なPIP運用のためには、開始前(問題点の特定、根拠規定の確認)、計画策定(目標設定、期間設定)、実施中(定期面談、指導、教育訓練)、評価(達成度の測定、フィードバック)、終了後(配置転換または解雇の検討)という各フェーズごとに、経過を裏付ける証拠書類を体系的に作成・保存しておくことが重要です。裁判では、結果そのもの以上に、プロセスの適正さと記録の有無が重視される傾向にあります。
台湾における配置転換義務と解雇実行へのロードマップ

PIPを実施しても改善が見られなかった場合でも、直ちに解雇が正当化されるわけではありません。解雇最後手段性の原則における最終関門が配置転換の義務です。
配置転換義務の範囲と限界
台湾の裁判所は、労働者が現職務において能力不足であっても、社内の他の職務であれば遂行可能であるならば、使用者はその可能性を検討し配置転換を試みるべきであると考えます。これを「回避資遣(解雇回避)義務」と呼びます。
ただしこの義務は無制限ではありません。社内に適切な空きポストが存在しない場合、労働者の能力・経験と全く合致しない専門職しか空いていない場合、労働者が提示された配転案を拒否した場合には、解雇の正当性が認められる可能性が高まります。重要なのは、空きポストの有無を確認した、配転を打診したというプロセスを経たことの証拠化です。
解雇実行の具体的フロー
適法に解雇を完了させるためには、以下のステップを踏む必要があります。まず最終評価と通知として、PIPの結果改善が見られず、かつ配転も不可能であることを本人に通知します。次に資遣通報として、解雇予定日の10日前までに管轄労働局へ通報を行います。
解雇予告については、労基法に基づき所定期間前に予告を行うか、予告手当を支払います。勤続3ヶ月以上1年未満は10日前、1年以上3年未満は20日前、3年以上は30日前です。資遣費は解雇後30日以内に法定額を支払います。労働者が希望する場合は非自発的離職証明書を発行し、予告期間中は週に最大2日間の有給求職休暇を認める必要があります。
まとめ
本稿で解説した通り、台湾におけるパフォーマンス不足社員への対応は、日本以上にプロセスと記録が重視される法的手続きです。裁判所は、本当に能力が低かったのかという事実認定以上に、会社は誠実に対応したかというプロセス評価に重きを置きます。PIPの目標設定、面談の記録、教育訓練のエビデンス、配転検討の履歴は、万が一の紛争時に会社を守る盾となります。
現代の労務管理において、証拠保全は紙ベースの管理だけでは限界があります。電子メール、チャットログ、勤怠管理システムのデータ、業務システムの操作ログなど、デジタルデータの適切な保存と解析が、従業員の能力不足や怠慢を客観的に立証する上で決定的な役割を果たします。
モノリス法律事務所は、IT・インターネット・ビジネス法務に特化した日本の法律事務所として、デジタル証拠の取り扱いやテック企業の労務問題に深い知見を有しています。また台湾・台北に拠点を構える椽智商務科技法律事務所との強固なパートナーシップにより、日本企業の台湾現地法人に対するシームレスな法的支援を提供しています。
河瀬 季
Toki Kawase
IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。
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