台湾の裁判制度:三審制の仕組みと訴訟費用の相場

台湾の裁判制度:三審制の仕組みと訴訟費用の相場

台湾市場は、地理的な近接性や歴史的背景、世界最先端の半導体産業の集積地として、日本企業にとって欠かせないビジネスパートナーです。多くの日本企業が現地法人を設立し、台湾企業との間で活発なクロスボーダー取引を展開しています。経済活動が活発化すれば、契約不履行や知的財産権侵害、労働問題といった法的紛争に直面するリスクも増大します。

台湾の法制度は、歴史的経緯から日本法やドイツ法の影響を強く受けており、日本企業にとって親和性が高い側面があります。しかし、訴訟コストの構造や弁護士費用の敗訴者負担に関するルールには決定的な相違点が存在します。2024年末に実施された大規模な裁判費用改定も、実務に直結する重要な変更です。これらの違いを把握せずに日本の感覚で訴訟戦略を構築すると、予期せぬコスト負担や戦略的ミスを招きかねません。

本記事では、台湾民事訴訟制度の全体像を解説します。最新の裁判費用の計算方法や弁護士費用の取り扱いについて、具体的な法令や判例に基づき、日本法との比較を交えながら説明していきます。

台湾司法制度の基礎構造と日本法との比較

台湾の法体系は、日本と同様に大陸法系に属しており、成文法を中心とした法システムが構築されています。日本統治時代に導入された法制度が基礎となり、その後もドイツ法や日本法の理論を参照しながら発展してきました。民法や民事訴訟法の条文構造、権利能力・意思表示・不法行為といった基本的な法概念は日本と類似しており、日本企業にとっても理解しやすい土壌があります。ただし、裁判所の構成や審級制度の細部には、台湾独自の特徴が見られます。

三級三審制の原則と運用実態

台湾の裁判所システムは、原則として三級三審制を採用しています。一つの事件について最大で3回の審理を受ける機会を保障する制度であり、日本の地方裁判所・高等裁判所・最高裁判所による三審制とほぼ同義です。

第一審は、原則として地方法院(District Court)が管轄します。日本の地方裁判所に相当し、民事・刑事の一般的な事件の入り口となります。第一審判決に不服がある当事者は、第二審である高等法院(High Court)に控訴できます。高等法院の判決に対して法令違反や憲法解釈の誤りなどを主張する場合は、最終審である最高法院(Supreme Court)へ上告することが可能です。

注意が必要なのは、日本と同様に、全ての事件が無条件で最高法院まで持ち込めるわけではない点です。台湾民事訴訟法第466条では、第三審への上告について上訴利益の額による制限を設けています。現行実務では150万NTDを超えない財産権上の訴訟については、原則として最高法院への上告が認められません。小規模な債権回収や損害賠償請求では、高等法院での判決が事実上の最終判断となる二審確定のケースが少なくありません。

知的財産および商業事件における専門裁判所の役割

近年の台湾司法改革で特筆すべき点は、高度な専門性を要する事件に対応する専門裁判所の設置です。日本企業が当事者となりやすい特許権侵害訴訟や大規模な企業間紛争については、智慧財產及商業法院(Intellectual Property and Commercial Court)が管轄するケースが増えています。この裁判所は、従来の知的財産法院に商業法院の機能を統合して発足したものであり、知的財産案件と重大な商業案件を集中的に審理します。通常の三審制とは異なる審級構造が採用されることがあります。

特許権などの知的財産権に関する民事訴訟では、第一審および第二審をこの智慧財產及商業法院が管轄します。通常の地方法院ではなく、技術審査官(Technical Examination Officer)が配置された専門裁判所で審理を行います。技術的な争点に対する理解を深め、迅速かつ適正な判断を下すことが目的です。

訴額が1億NTDを超える等の要件を備える重大な商業事件については、より迅速な解決を図るため、智慧財產及商業法院が第一審となり、その上訴先が直ちに最高法院となる二級二審制が採用されています。大規模なビジネス紛争において審理の長期化による経済的損失を防ぐ措置であり、日本にはない大胆な制度設計といえます。日本企業が台湾で大型のM&A紛争や株主代表訴訟などに巻き込まれた場合、通常の地方法院ではなく、いきなりこの専門裁判所で審理が開始される可能性があります。

国際裁判管轄と送達に関する実務

日本企業が台湾企業を訴える、あるいは逆に訴えられる場合、最初に問題となるのが国際裁判管轄と送達です。台湾の民事訴訟法は、日本の民事訴訟法と同様に、被告の住所地を基本としつつ、契約上の義務履行地や不法行為地にも管轄を認める規定を置いています。日本企業が台湾企業と契約を結ぶ際、契約書に紛争解決は日本の東京地方裁判所を専属的合意管轄とする旨の条項を入れていれば、原則として日本で裁判を行うことが可能です。ただし、台湾国内の不動産に関する紛争や登記手続に関する訴訟など、専属管轄が法律で定められている場合は、合意があっても台湾の裁判所が管轄権を持つことがあります。

送達についても注意が必要です。台湾と日本は正式な国交がありませんが、公益財団法人日本台湾交流協会と台湾日本関係協会を通じた司法共助の枠組みにより、訴状の送達が行われています。日本企業に対して台湾の裁判所から訴状が送られてきた場合、これを放置すると、台湾の民事訴訟法に基づき、欠席裁判として原告の主張を全面的に認める判決が出されるリスクがあります。台湾の裁判所からの通知は、日本の裁判所からの通知と同様に法的効力を持つものとして、即座に対応する必要があります。

台湾の裁判費用構造:2024年改正の影響

台湾の裁判費用構造:2024年改正の影響

台湾で訴訟を行う上で、日本企業が最も驚く点の一つが裁判費用の高さとその納付の仕組みです。日本では訴状に収入印紙を貼付して納めますが、台湾でも同様に、訴え提起時に裁判所に対して手数料を前納する必要があります。2024年12月30日、台湾の司法院は民事訴訟法および関連規則を改正し、裁判費用の料率を引き上げました。約20年ぶりの改定であり、物価変動や司法コストの上昇を反映したものです。この改正により、特に高額な請求を行う企業訴訟において、訴訟提起時のキャッシュアウトが増加することになりました。

スライド方式による訴訟費用の計算

台湾の裁判費用は、請求金額(訴額)に応じて料率が変動する段階的スライド方式で計算されます。改正後の料率は、訴額が高くなるにつれて適用されるパーセンテージがわずかに低減する仕組みになっていますが、概ね訴額の1.1%から1.65%程度が目安です。

2024年改正後の第一審および上訴審における裁判費用の目安は以下の通りです。

請求金額(訴額)の範囲第一審の裁判費用(目安)第二審・第三審の裁判費用(目安)
100万NTD~1,000万NTD訴額の約1.2%~1.3%訴額の約1.8%~2.0%
1,000万NTD~1億NTD訴額の約0.9%~1.2%訴額の約1.4%~1.8%
1億NTD超訴額の約0.9%以下訴額の約1.4%以下

たとえば1億NTDの損害賠償を請求する場合、第一審の段階で約90万NTD以上の裁判費用を前納する必要があります。一審で敗訴して控訴する場合、上訴審の手数料は第一審の約1.5倍に設定されているため、さらに高額な費用(約140万NTD程度)を追加で納付しなければなりません。上訴審の手数料が第一審より高いという構造は、安易な上訴を抑制し、紛争の早期解決を促す政策的意図によるものです。日本企業が台湾で訴訟を行う際は、弁護士費用だけでなく、この裁判所手数料の予算措置を十分に行う必要があります。

敗訴者負担の原則と費用の償還

台湾民事訴訟法第78条は、訴訟費用は敗訴した当事者が負担すると明記しています。日本の民事訴訟法第61条と同様の原則です。判決確定後、勝訴した当事者は裁判所に対して訴訟費用額確定申立を行うことで、自らが前納した裁判費用を敗訴した相手方から取り戻せます。原告が全面勝訴した場合、判決主文には訴訟費用は被告の負担とすると記載され、原告は前納した印紙代全額を被告に請求できます。一部勝訴の場合は、勝敗の割合に応じて分担することになります。

判決に至らずに和解や調停で解決した場合、あるいは訴えを取り下げた場合、原告は納付した裁判費用の3分の2または2分の1の還付を請求できる規定があります(ただし、事案や類型により異なります)。当事者間の自律的な紛争解決を後押しする制度であり、コスト抑制の観点から調停等の活用が推奨される理由の一つです。

知的財産権訴訟における訴額算定の特則

特許権侵害訴訟などで、損害賠償請求と併せて差止請求を求める場合、その差止請求部分の経済的利益(訴額)をどのように算定するかが実務上の課題となります。将来の侵害予防による利益を正確に金額換算することは困難だからです。

台湾において、特許権侵害訴訟などで差止請求のみが問題となる場合、その経済的利益の算定は必ずしも一律に定まっているわけではありません。もっとも、実務上は、第三審への上告利益額の基準(民事訴訟法第466条)との関係を考慮し、150万NTDをやや上回る水準、すなわち約165万NTD前後を差止請求の訴額とみなして手数料計算を行う例が多く見られます。これは法律上の明文規定によるものではなく、上告可能性を確保する観点から形成された運用上の取扱いにすぎず、個別事案の内容や裁判所の判断により異なる場合がある点に留意が必要です。

従来は、損害賠償請求額とこの差止請求のみなし価額のうち、高い方のみを基準に裁判費用を計算する運用もありました。しかし近年の最高法院の決議により、両者を合算して訴額を算定するケースが増えています。知財訴訟の提起に必要なコストが増加傾向にある点にも留意が必要です。

台湾における弁護士費用の敗訴者負担:日本法との決定的な相違点

日本の民事訴訟において、弁護士費用は原則として訴訟費用に含まれず、勝訴しても相手方に請求することはできません(不法行為に基づく損害賠償請求の一部として認められる場合を除く)。各当事者が自己の弁護士費用を負担するという考え方に基づいています。一方、台湾においても、第一審および第二審については日本と同様に原則として自己負担です。しかし第三審(最高法院)においては弁護士費用が訴訟費用の一部として認められ、敗訴者に請求できるという大きな違いがあります。

第三審における弁護士強制主義と費用負担

台湾民事訴訟法第466条の1は、第三審(最高法院)への上告において、当事者は原則として弁護士を訴訟代理人に選任しなければならないとする弁護士強制主義を採用しています。最高法院が法律審であり、高度な法的専門知識を要するためです。この強制主義に伴い、同法第466条の3では、第三審の弁護士報酬を訴訟費用の一部とみなす規定が置かれています。

第三審で勝訴すれば、その段階でかかった弁護士費用を敗訴した相手方に請求することが法的に可能です。上告審まで争うことの負担を考慮し、正当な権利主張を行った側のコストを填補しようとする制度趣旨によるものです。

負担額の算定基準と上限

ただし、勝訴当事者が支払った弁護士費用の全額が無制限に相手方に転嫁されるわけではありません。全額請求が可能であれば、超高額な報酬を設定する弁護士を雇うことで相手方に過大な負担を強いることが可能になってしまうからです。

相手方に請求できる弁護士費用の額は、最高法院が法院選任弁護士及び第三審弁護士報酬核定支給標準という規則に基づいて決定します。裁判所は事件の難易度、審理に要した労力、訴額などを総合的に考慮して、敗訴者が負担すべき適正な報酬額を算定します。一般的に、この核定額には上限があり、実務上は最高で50万NTD程度とされることが多いですが、訴額の3%以下といった基準も参照されます。

具体的な事例として、2024年2月20日に出された最高法院の決定(113年度台聲字第254号)を見てみましょう。この決定において、最高法院は当事者が申し立てた第三審の弁護士報酬について審査を行い、最終的に3万NTDを適正な弁護士報酬として核定しました。実際に当事者が弁護士との契約に基づいて支払った報酬(タイムチャージ等で数百万円に及ぶこともある)と比較すると、裁判所が敗訴者負担として認める金額はかなり低額に抑えられる傾向があります。第三審で勝てば弁護士費用が全額戻ってくると過度に期待して訴訟予算を組むのは危険であり、あくまで一部の補填程度に留まると認識しておくのが賢明です。

第一審・第二審における例外的な請求可能性

前述の通り、第一審・第二審では原則として弁護士費用は自己負担ですが、例外的に相手方に請求できるケースが2つあります。一つは、相手方の行為自体が不法行為を構成し、その権利回復のために弁護士を依頼せざるを得なかった場合です。弁護士費用を不法行為による損害の一部として賠償請求することが認められる可能性があります。ただし、裁判所は弁護士への依頼が必須であったかを厳格に審査するため、単に訴訟を起こしただけでは認められないことも多く、過去の判例でも判断が分かれています。

もう一つは、濫訴への制裁としての費用負担です。2021年の民事訴訟法改正(第249条の1)により、明らかに根拠のない訴訟や嫌がらせ目的の不当な訴訟に対して、裁判所が原告や代理人に過料を科すとともに、被告が応訴のために負担した弁護士費用を賠償させる規定が強化されました。ビジネス上の競合他社から不当な特許侵害訴訟などを仕掛けられた場合、その対抗に要した弁護士費用を相手方に負担させることが法的に明確化されました。日本企業が台湾市場で不当な法的手続きに巻き込まれた際の強力な防御手段となり得ます。

台湾訴訟で日本企業が直面する訴訟費用担保の壁

台湾訴訟で日本企業が直面する訴訟費用担保の壁

台湾で原告として訴訟を提起する日本企業にとって、もう一つ忘れてはならない手続き上のハードルが訴訟費用の担保提供です。台湾民事訴訟法第96条等は、台湾国内に営業所や事務所、住所を有しない原告が訴えを提起した場合、被告の申し立てにより、裁判所が原告に対して訴訟費用の担保提供を命じることができると定めています。原告である日本企業が敗訴した場合、被告である台湾企業が訴訟費用の償還請求権を得ても、原告が海外にいるため費用の回収が困難になることを防ぐための制度です。

被告側からこの申し立てがなされると、裁判所は原告に対し、各審級の裁判費用や第三審の推定弁護士費用の合計額などを基準とした担保金を、台湾の裁判所に供託するよう命じます。この命令に従わない場合、訴えが却下される可能性があります。ただし、日本企業であっても、台湾国内に支店登記があり十分な資産を保有していることが証明できる場合や、請求の内容が手形・小切手金請求である場合などは、この担保提供を免れることができる場合があります。

日本企業が台湾で訴訟を提起する際には、弁護士費用と裁判費用の前納に加え、この担保金として一定額のキャッシュが長期間拘束される可能性があることを予算計画に組み込んでおく必要があります。

まとめ

台湾の裁判制度は、日本と同様の三審制を基本としながらも、知的財産案件や商業事件への専門的対応、スライド方式による裁判費用の計算、第三審における弁護士費用の敗訴者負担ルールなど、実務面で重要な独自性を有しています。

2024年末の裁判費用改定によるコスト増や、外国企業に対する訴訟費用担保の提供命令は、日本企業が台湾で法的アクションを起こす際の資金計画に直接的な影響を与えます。勝訴すれば費用は相手持ちという原則はあるものの、第一審・第二審の弁護士費用が自己負担である点や、第三審で認められる額に上限がある点を考慮すると、訴訟が必ずしも経済的に最善の解決策とは限りません。コストの還付が受けられる調停などのADR(裁判外紛争解決手続)の活用も、迅速かつ合理的な選択肢として検討すべきです。

モノリス法律事務所は、IT・クロスボーダー法務に強みを持つ日本の法律事務所として、台湾の椽智商務科技法律事務所と強固な連携体制を構築しています。現地の最新の法改正や裁判実務に精通した台湾弁護士と共に、訴訟提起前の戦略立案から、現地での法人登記、ビザ取得、許認可申請、そして万が一の紛争解決に至るまで、台湾ビジネスに伴うあらゆる法的課題に対して、日本語でのシームレスかつ専門的なサポートを提供いたします。台湾でのビジネス展開における法的リスクを最小化し、事業の成功を確実なものにするために、ぜひ当事務所の専門的知見をご活用ください。

監修

河瀬 季

Toki Kawase

IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。

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