台湾「気候変動対応法」と炭素費(Carbon Fee):サプライチェーンへの波及

台湾「気候変動対応法」と炭素費(Carbon Fee):サプライチェーンへの波及

2023年、台湾は気候変動対策の法的基盤を抜本的に刷新する「気候変動対応法(氣候變遷因應法)」を施行しました。従来の環境規制の枠を超え、台湾経済の中核を担う半導体や電子部品、素材産業に対して温室効果ガス(GHG)排出に伴う金銭的負担、つまり「炭素費(Carbon Fee)」を義務付ける画期的な法律です。日本企業にとって台湾はサプライチェーンの重要なハブです。この新制度の導入は現地子会社のコスト構造に直接的な影響を与えます。台湾企業から部材を調達する日本企業に対しても、グリーンフレーション(環境コストに起因するインフレ)やスコープ3(サプライチェーン排出量)削減圧力という形で波及します。

本記事では、2024年から2025年にかけて相次いで公布された施行細則に基づき、この複雑な法制度を解説します。2025年は制度の試行期間であると同時に、将来のコスト負担を左右する自主削減計画の申請期限が含まれる極めて重要な年です。経営層や法務部門が台湾リスクを管理し、脱炭素時代の競争優位を築くために必要な法的知識と実務対応について、最新情報に基づき詳述します。

台湾の立法背景と2050年ネットゼロの法的拘束力

台湾の気候変動対策は、2015年に制定された温室効果ガス削減及び管理法を出発点としていました。当時の長期目標は2050年までに2005年比で50%削減するというものでしたが、パリ協定以降の世界的な潮流である1.5℃目標や2050年ネットゼロに対応するため、より強力な法的枠組みが必要とされました。2023年2月15日に公布された改正法が気候変動対応法であり、第4条において「2050年ネットゼロ排出」を明文化しました。単なる政治的なスローガンではなく、行政機関に対して目標達成に向けた行動計画の策定と実行を法的に義務付ける規定です。

台湾が急速な法整備を進める背景には、独自の国際事情があります。国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国ではない台湾は、パリ協定に直接参加できません。しかし、世界的なICT産業の供給拠点として国際的な気候変動ルールから孤立するわけにはいきません。自主的に国際基準へ適合させることで正当性を確保しようとしています。

欧州連合(EU)が導入した炭素国境調整メカニズム(CBAM)への対抗策という側面も無視できません。台湾国内で同等の炭素費を徴収することで、EUへの輸出時に国境での課税を回避または減免される可能性を確保しようという意図があります。台湾政府が税(Tax)ではなく、使途を特定しやすい費(Fee)という形式を選択したのも、こうした背景が一因と考えられます。

参考:気候変動対応法 公式条文(全国法規資料庫)

台湾の炭素費制度の核心:対象と計算メカニズム

台湾の炭素費制度の核心:対象と計算メカニズム

日本企業にとって最大の関心事は、具体的にどの程度のコスト負担が発生するかという点です。2024年8月に環境部が公布した炭素費徴収規則(碳費收費辦法)に基づき、メカニズムを解説します。

徴収対象

徴収の対象となるのは、電力供給業、ガス供給業、および製造業です。単一の工場または事業場における直接排出量(Scope1)および電力使用に伴う間接排出量(Scope2)の合計が、年間2万5,000トン(CO2換算)を超える事業者が該当します。この閾値は大規模な半導体工場や化学プラントなどを主なターゲットとしていますが、今後の制度改正により対象が拡大される可能性も示唆されています。炭素費の支払義務がない場合でも、排出量の算定と報告自体はより小規模な事業者にも求められる場合があります。

計算式の構造

炭素費の計算において重要なのは、単純に総排出量に費率を掛けるのではなく、一定の控除枠や調整係数が適用される点です。

計算式:(課金対象排出量 − 免除量基準)× 適用費率

免除量基準: 一般事業者は2万5,000トンが設定されており、超過分のみが課金対象となります。

調整係数の適用:「高炭素リーケージリスク」認定を受けた事業者の場合、上記の2.5万トンの控除は適用されませんが、代わりに排出量全体に調整係数(0.2 / 0.4 / 0.6)を乗じることができ、実質的な負担が大幅に軽減されます。

認定の基準:この優遇(調整係数)を受けられるかどうかは、台湾政府が指定する「産業分類コード(行業標準分類)」に基づきます。セメント、鋼鉄、半導体など、貿易集約度や炭素集約度が高い特定の業種が対象となり、それ以外の一般製造業などは対象外となります。

参考:炭素費徴収規則 公式条文

台湾の炭素費率設定と日本との比較

2024年10月の審議会を経て、炭素費の費率体系が固まりました。日本の地球温暖化対策のための税が1トンあたり289円であるのに対し、台湾の炭素費は大幅に高い水準に設定されています。

区分費率(TWD/t-CO2e)適用条件
一般費率300自主削減計画未提出または目標未達
優遇費率B100技術ベンチマーク指定目標の達成
優遇費率A50業界別指定目標(SBTi相当)の達成

一般費率300TWDは日本円換算で約1,410円となり、日本の約5倍の水準です。要件の緩い優遇費率Bでも100TWD(約470円)と約1.6倍になります。台湾に進出している日本企業にとって、日本国内よりも重い炭素コスト負担が発生することを意味します。企業は一般費率の適用を避けるため、後述する自主削減計画の策定が必須となります。

参考:炭素費費率に関する環境部プレスリリース

台湾における自主削減計画と申請のタイムライン

台湾における自主削減計画と申請のタイムライン

炭素費の負担を軽減する最大の手段は自主削減計画(自主減量計畫)の策定と実行です。企業が将来の排出削減を約束し、政府がそれを承認することで優遇費率を適用する制度です。

2つの選択肢

計画には2つの選択肢があります。業界別指定目標は、科学的根拠に基づく目標(SBTi相当)に準拠した野心的な削減率を設定するものです。これを達成すれば最も安価な優遇費率A(50TWD)が適用されます。技術ベンチマーク指定目標は、特定の低炭素技術の導入やエネルギー効率基準の達成を目指すもので、優遇費率B(100TWD)が適用されます。

申請期限と実務上の注意点

実務上最も注意すべき点はスケジュールです。自主削減計画の申請期限は2025年6月30日と定められています。この日までに計画を提出し承認されなければ、2026年に行われる最初の支払い(2025年排出分)において、高額な一般費率(300TWD)が適用されてしまうリスクがあります。申請には現状の排出量精査や技術的な実現可能性の検討が必要であり、残された時間は多くありません。

参考:自主削減計画申請に関する公告

台湾の高炭素リーケージリスク認定と調整係数

鉄鋼やセメントなど、国際競争にさらされ価格転嫁が困難な産業については、生産拠点の海外移転(カーボンリーケージ)を防ぐための特例措置が設けられています。高炭素リーケージリスク事業者として認定され、かつ自主削減計画が承認された場合、排出量に乗じる調整係数が適用されます。初期段階(第1期)の係数は0.2であり、排出量の20%のみに課金されることになります。

一見すると非常に有利に見えますが、この認定(および自主削減計画の承認)を受けると、一般事業者に認められている「2万5,000トンの免除量基準(控除枠)」が適用されなくなる点に注意が必要です。

排出規模によっては、一律の控除を受けるよりも、全量に調整係数を乗じる方がかえって負担増となるケースもあり得ます。計算上の損益分岐点は年間排出量約3万1,250トンであり、これを超える大規模事業者であれば調整係数(0.2)を適用した方が有利ですが、排出量が2万5,000トンをわずかに超える程度の中規模事業者の場合は、一般事業者として「2万5,000トン控除」を受けた方がコストを抑えられる傾向にあります。

日本企業は自社の排出規模と成長予測に基づき、どちらの区分を選択すべきか慎重なシミュレーションを行う必要があります。

日本企業への波及とサプライチェーン管理

日本企業への波及とサプライチェーン管理

台湾での炭素費導入の影響は、現地に工場を持つ企業だけにとどまりません。台湾企業から部品や素材を調達している日本企業にも、コストとデータ管理の両面で影響が及びます。

コスト転嫁の可能性

台湾サプライヤーが負担する炭素費が製品価格に転嫁される可能性があります。環境部は不動産価格などへの影響は限定的としていますが、B2B取引においてはコスト転嫁が一般的な商慣習です。日本企業としては、サプライヤーからの値上げ要請があった際、その根拠が適正か、またサプライヤーが自主削減計画によって優遇費率の適用を受ける努力をしているかを確認する必要があります。

スコープ3算定とデータ連携

データ管理の面では、日本企業が自社のスコープ3(サプライチェーン排出量)を算定する際、台湾サプライヤーからの一次データの重要性が増します。台湾の炭素費制度下で検証された排出量データは法的裏付けのある高精度なものであり、これを活用することで日本企業のスコープ3算定の信頼性を高めることができます。日本企業が台湾製品をEUへ輸出する場合、台湾で支払った炭素費はCBAMにおける原産国で支払われた炭素価格として控除対象になる可能性が高く、二重課税回避の観点からも重要です。

台湾の気候変動対応法における罰則規定と関連判例

気候変動対応法は、従来の環境法規制と比較して重い罰則を規定しています。

罰則の内容

排出量報告において虚偽の記載を行った場合、20万から200万TWDの過料に加え、逃れた炭素費の2倍の額が追徴されます。悪質な場合や是正命令に従わない場合は、業務停止や操業停止といった行政処分が下される可能性もあり、事業継続にとって致命的なリスクとなり得ます。炭素費の滞納に対しては日歩0.5%の延滞金が加算され、30日以上の滞納で強制執行の対象となります。

参考判例:用電大戶條款訴訟

台湾における気候変動関連の法的紛争については、炭素費制度自体はまだ開始前ですが、関連する重要な裁判例が存在します。

裁判所・判決日
台北高等行政法院、民国113年(西暦2024年)8月8日判決

当事者
原告(環境保護団体グリーンピースおよび個人4名)、被告(経済部)

概要
再生可能エネルギーの導入を義務付ける一定契約容量以上の電力需要家に対する管理弁法(通称:用電大戶條款)について、その認定基準が緩すぎて気候変動対策として不十分であるとして、環境保護団体らが規定の厳格化を求めて提訴した事件です。

判決内容
裁判所は、原告である環境保護団体や個人には、行政機関に対して特定の法規制の改正を求める公法上の請求権(原告適格)がないとして、訴えを却下しました。

この判決は、現状では市民や団体が政策の不備を司法の場で直接争うことのハードルが高いことを示しています。同時に台湾においても気候変動対策を巡る法的監視の目が厳しくなっていることを示唆しています。企業としては、法令順守はもちろんのこと、環境団体やステークホルダーからの監視圧力が高まっていることを認識し、コンプライアンス体制を強化する必要があります。

参考:判決に関する報道資料

台湾炭素費制度の今後のスケジュールと対策

2025年は試行期間として、同年5月に2024年分の排出量申告が実施され、制度運用の検証が進められました。自主削減計画の提出も同年中に進められ、適用費率の前提となる重要な手続きとなっています。

2026年は実質的な課金開始の初年度にあたり、2025年の排出実績に基づく炭素費の納付が順次開始される段階に入っています。企業は既に費用負担が現実化する局面にある点に留意が必要です。

日本企業および台湾現地法人は、確定した制度内容と自社の排出実績を踏まえ、費率区分や各種減免措置の適用可能性を精査することが不可欠です。加えて、サプライチェーン全体でのコスト転嫁リスクや排出データ連携の整備を含め、実務対応を具体化する段階に入っています。

まとめ

台湾の気候変動対応法と炭素費制度は、アジアにおける脱炭素規制の最前線を示すものであり、その影響は台湾国内にとどまらずグローバルサプライチェーン全体に波及します。日本企業にとってはコスト増というリスクであると同時に、早期に対応することでクリーンなサプライチェーンを構築し、国際競争力を高める機会でもあります。

モノリス法律事務所は、ITやクロスボーダー法務に強みを持ち、台湾法務に精通した専門家を擁しています。提携する台湾の椽智商務科技法律事務所と共に、現地での法人登記、許認可取得から、本記事で解説した炭素費への対応、自主削減計画の策定支援、さらには法的紛争への対応まで、ワンストップでサポートを提供することが可能です。複雑化する台湾の環境規制への適応において、我々の専門知識をご活用ください。

監修

河瀬 季

Toki Kawase

IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特に台湾法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業の台湾進出を多角的にサポートしている。

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